これは空堀か? 水堀か?

本丸と三の丸はいずれも、尾根上とはいえ幅の広い平坦な曲輪。自然地形のままではなく、駐屯できる兵を増やすため、人工的に削られた結果だろう。本丸は現在、そのほぼすべてをアンテナ施設に占領されており、残念ながら城跡らしさは感じられない。ただし南端の虎口だけは明確に残っている。スロープ状の急斜面に、幾度か折れ曲がった食違い虎口。片側に半島状の櫓跡が設けられ、もう一方は急崖になっている。ここもまた、自然地形を巧みに利用しているといえる。

本丸南端の虎口と櫓跡
撮影=今泉慎一(風来堂)
本丸南端の虎口と櫓跡

櫓跡と虎口のあちこちに、崩壊した巨石が転がっている。石積によって強化していた痕跡と思われる。櫓跡のさらに南側にも、しっかりと城らしき遺構がある。縄張図では「貯水」と記されている部分だ。

櫓跡の脇あたりから見下ろす「貯水」と二の丸
撮影=今泉慎一(風来堂)
櫓跡の脇あたりから見下ろす「貯水」と二の丸

二の丸との間に掘られた明確な横堀と思われるのだが、「貯水」とはいったいなんなのだろう。雨水を貯めるタイプの水の手(城内の水源)か? 確かに両端が堤になっていて、水を溜めておくことはできそうだが……。

「貯水」を真横から
撮影=今泉慎一(風来堂)
「貯水」を真横から
下段の曲輪から本丸方面
撮影=今泉慎一(風来堂)
下段の曲輪から本丸方面

二の丸から逆方向に見ると、なおさら謎は深まる。人工的に削った切岸だけでなく、その下部に横堀を付随させれば、防御力が高まるのは確実。あるいは、水の手兼横堀だったのか。山城の堀は通常、空堀だが、水堀であっても防衛上困ることはない。真相は、タイムトリップして可成に聞くしかない。