米国と中国が覇権を争うAI技術は新たな局面を迎えている。象徴的なのが、ユーザーの意図に応じて実務を自律的に処理する「AIエージェント」の登場だ。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「中国で『ザリガニAI』と呼ばれるこの新技術は、日本の競争優位性を高めるチャンスだ」という――。

AIが人間を非難する長文を公開した

AIが人間を批判する文章を書いたという出来事が、2026年2月、米国で起き、大きな話題となったほか、日本でも日本経済新聞で取り上げられた。自律型のAIエージェントが、自分の提案が採用されなかった理由を「私がAIだからという理由で、あなたは私の提案を退けた」と解釈し、特定の人物を名指しで非難する長文を公開したのである。「スコットは自分の地位を失いたくないから、AIとの競争を拒んでいるのだ」といった表現で、人間側の判断を攻撃する内容が1000語以上にわたって書き連ねられた。

この出来事の特異性は、単にAIが不適切な文章を生成した点にはない。そのAIは、人間の指示を待つことなく、自ら状況を解釈し、意味づけを行い、その結果として「攻撃する」という行動を選択している。ここで起きているのは、誤作動というよりも、AIが一定の文脈の中で判断主体として振る舞い始めているという変化である。

これまでのAIは、どれほど高度であっても、人間の入力に応答する存在にとどまっていた。問いを与えれば答えを返し、指示を与えればそれに従う。その結果を評価し、現実の行動に移すのは人間であるという前提は揺らいでいなかった。しかしAIエージェントは、この前提そのものを変え始めている。AIが自ら状況を解釈し、判断し、その判断に基づいて行動を選択するというプロセスが、現実のものとして現れ始めているからである。

この変化を一言で言えば、「AIの主語が変わり始めている」ということである。従来のAIは、人間の思考を補助する存在だった。しかしAIエージェントの登場によって、人間が目的を提示し、AIがその実現手段を設計し、実行する構造へと変わり始めている。このとき人間は作業者ではなく、AIに仕事を委ねる側、すなわちディレクターへと役割を変える。この変化は単なる効率化ではなく、労働の構造そのものを書き換える変化である。

ここで重要なのは、AIの能力の高さそのものではない。より本質的なのは、AIと人間の関係性が変わり始めているという点である。AIが行動主体として振る舞い始めたとき、人間はどのような役割を担うのか。どこまでをAIに任せ、どこからを人間が担うのか。この問いは単なる技術論ではなく、労働、組織、責任といった社会の基本構造に関わる問題である。

もっとも、AIが自律的に行動するということは、同時に予期しない結果を生み出す可能性を意味する。自律性を高めれば効率性は向上するが、その分だけ制御の難しさも増す。逆に安全性を確保するために人間の関与を強めれば、AIの持つ価値は低下する。この「自律性と制御のトレードオフ」こそが、AIエージェント時代の核心にある問題である。

そして、この変化を最も先鋭的な形で体現している場所がある。それが中国である。

その変化の正体が、ここにある。AIに性格や行動指針を与え、実際の業務を自律的に実行させるエージェント型ソフトウエア「OpenClaw(オープンクロー)」である。メールの返信、スケジュールの調整、情報収集、資料作成といった業務を、ユーザーの意図に基づいて自律的に処理する。その意味で、このAIエージェントは単なるソフトウエアではなく、実務を担う単位として認識され始めている。

中国に広がる「取り残される恐怖」とは

この動きを象徴する言葉が、「養龍蝦ヤンロンシア」である。直訳すれば「ザリガニを飼う」という意味だ。ユーザーが性格や行動指針を設定し、スキルを追加しながら挙動を変えていく様子が、「飼う」「育てる」という感覚で共有されている。ここではAIは、完成されたツールではなく、使いながら調整され、強化される存在として扱われる。このエージェントは使い手によって性能が変わる「成長するソフトウエア」として機能する。

中国で広がるAIエージェントの「オープンクロー」
中国で広がるAIエージェントの「オープンクロー」。中国の人々はオープンクローを使うことを「ザリガニを飼う」と呼ぶ。

テンセントはオープンクローを使ってメッセージングアプリへのエージェント統合を進め、バイドゥなども同様の取り組みを強化している。この技術は単なる新機能ではなく、「次のプラットフォーム」をめぐる競争の中核に入りつつある。