※本稿は、大木賢一『「平成の天皇家」と「令和の天皇家」』(講談社)の一部を再編集したものです。
“前例”に阻まれた雅子さまのメッセージ
「人格否定発言」より後のことになるが、療養中の雅子皇太子妃が、ある国際会議にビデオメッセージを寄せる話が持ち上がった。撮影の段取りにまで話は進んだが、なぜか突然取りやめになった。雅子皇太子妃はその事情について多くを語らなかったが、当時の東宮職幹部に「とにかく、あの話は駄目になりました」と悲しそうな顔を見せたという。
この話を聞いた私の脳裏にすぐに思い浮かんだのは、美智子皇后のことだった。1998(平成10)年9月、美智子皇后はインドで開かれた国際児童図書評議会(IBBY)世界大会にビデオ映像を寄せ「子供時代の読書の思い出」と題する基調講演を行っている。
「皇太子妃によるビデオメッセージ」が実現すれば、この美智子皇后によるよく知られた逸話と、印象が大きく似通ってしまう。それを嫌う意向が働き、雅子皇太子妃のメッセージは取りやめになったのだろう。少なくとも、この東宮職幹部は、そのように理解していた。
そうであるならば、これもまた、新しい未来への努力を結果として無にされてしまった実例の1つではあると思う。
自分らしい仕事を与えられない苦悩
また、別の証言者によると、これだけでなく、雅子皇太子妃は、新しい公務以前の「すでにある仕事」の中で、自分がふさわしいと思って当然のようなことでも自分のもとには回ってこないという経験を何度も繰り返していたという。それは海外訪問に限らず、国内の公務でもそうだった。
雅子皇太子妃は皇室入りに当たって、自分ができるであろうさまざまなことに夢を膨らませたと推測できることは、第4章で見た通りだ。そこでも詳しく書いたが、それは決して世間がいささかの悪意をもって想像したような、皇族としてできもしない夢物語へのわがままな空想などではなかったと思う。
妊娠と出産への配慮なのかもしれないが、国内での日常的な仕事ですら、これこそは自分が、とやりがいを感じられるものは回ってこない。そうして、当然得られたであろう生き方を次々と絶たれていくことは、それまでの人生を否定されることであり、キャリアや経歴を否定されることである。
「すでにある仕事」が回ってこない以上、自分たちがやりがいを感じられる自分らしい行いは、自分たちで新たにつくるしかない。徳仁皇太子があれほど「時代に即した新しい公務」を主張し続けた理由はそこにあるのではないか。それを作り出さない限り、妻が自分らしく、健康であることができない。

