宮内庁幹部「ストレス因子は天皇と皇后そのもの」

話が飛んでしまうが、私には、雅子皇太子妃の不調と明仁天皇夫妻の関連性という点で、無視できない証言を得た経験がある。

「人格否定発言」からは数年後のことだったが、私は雅子皇太子妃の詳しい病状を知りうる立場にいた東宮職幹部に、病気から回復しない雅子皇太子妃の抱えるストレスの因子とは結局何なのかとしつこく問うたことがある。重い口をなかなか開こうとしないまま2年が過ぎ、ついに私は「ストレス因子は天皇と皇后そのものである」との証言を引き出した。

もちろん、この人物の見立てが正しいのかどうかは断定できない。

だが、状況が符合する点はいくつもある。雅子皇太子妃の診断名である「適応障害」は医学的に「6カ月を超えて続くことはない」と定義されていて、6カ月どころか何年たっても完治しないことを疑問視し、「本当は鬱病ではないのか」とささやく記者も多かった。

しかし、適応障害は正確には「ストレス因子が消失または軽減した後、通常6カ月以内に症状が改善する」のであって、ストレス因子が変わらず存在する限り、何年でも続くのだ。そういう説明を、私は何人もの精神科医から受けた。

2016年1月28、マニラのサンディエゴ庭園でフィリピン元日本留学生連盟の代表者と面会した明仁天皇と美智子皇后
2016年1月28、マニラのサンディエゴ庭園でフィリピン元日本留学生連盟の代表者と面会した明仁天皇と美智子皇后(写真=Malacañang Photo Bureau/PD-PhilippinesGov/Wikimedia Commons

美智子さまが漏らした“小言”

「人格否定発言」直前の頃、雅子皇太子妃は美智子皇后から毎日のように「皇太子妃の在り方」のようなことについて話を聞かされていたという。現在では、明仁天皇が明仁上皇に、美智子皇后が美智子上皇后になり、徳仁皇太子が即位して皇室ナンバーワンになると共に雅子皇太子妃自身も皇后となったのだから、その関係性は大いに変わり、ストレスの内容も変化したと考えるべきだろう。

しかし、その一方で変わらぬ関係性もある。私が聞いたところでは、ごく最近のインドネシア訪問(2023〈令和5〉年6月)に至っても、帰国した雅子皇后に対し、美智子上皇后は「陛下(徳仁天皇)より目立っていた。皇后としてふさわしくない」と小言を言ったそうである。

ここまで、「人格否定発言」が告発、あるいは牽制しようとした「人格を否定するような動き」の具体的な中身について、発言の詳細やいくつかの証言をもとに考察してきた。その結論は、出産圧力や外国訪問の制限といった個別の問題とともに、明仁天皇夫妻との関係も深く関与するところがあったのではないかということだ。

そして、より根本に位置する問題として、雅子皇太子妃の人間としてのありよう、個人としてのありようが、望ましい形で発揮できていない現状に対する危機意識があったのではないかと私は考えている。