許されなかった外国訪問
しかし、その新しい公務が何を指すのか、皇太子の立場では明言することができなかった。その理由は、先に述べたように、健在である天皇と皇后に対する気兼ねである。胸に描くあるべき公務の姿を明らかにすれば、それ以外の、明仁天皇と美智子皇后が取り組んできたような「すでにある仕事」を否定しているともとらえられかねない。
それはまた、「お手振り」や「お声がけ」などを主とする多くの「すでにある仕事」を求めてきた行事の主催者たちを傷つけることにもなりかねない。
だがそれでも、平成の世で定着しつつある天皇と皇后の在り方は絶対ではなく、次の時代を皇室が生きていくためには新たに手を付けなければならない仕事がある。徳仁皇太子はそう考えていたのではないだろうか。
皇太子の言う「人格を否定するような動き」には、明仁天皇夫妻自身が関与しているのではないかという言説は当初から存在した。関連して、1つ指摘しておきたいことがある。
徳仁皇太子は「人格否定」を告発した記者会見の中で、雅子皇太子妃が国際親善を重要な役目と思いながらも「外国訪問をなかなか許されなかった」と述べている。この「許されなかった」とはどういうことなのか。一体誰が許さなかったのか。当時の雑誌や新聞を読み返しても、この点の疑問を指摘するような記事は見当たらなかった。
「許さなかった」の主語は、一体誰か
言うまでもなく、皇太子夫妻の外国訪問は政府が決めることであり、夫妻はその決定に従うしかない。したがって「許す」という言葉の主語は政府や内閣であるとも考えられるが、その場合果たして皇太子が「私たちは許されなかった」などという強い表現をするものだろうか。
政府に従うしかない皇太子の立ち位置を考えると、それはきわめて不自然なことのように思える。まるで政府の決定をなじっているようにも感じられてしまうからだ。
とすると、「許さなかった」の主語は、一体誰になるだろうか。
「許されなかった」というからには、皇太子夫妻としては自分たちが行くのが適格であると思えるような外国訪問がすでに案件として存在していたのに、それを夫妻が行うことが阻止された事例が存在した、と考えるのが自然だろう。
端的に言うと、皇太子と皇太子妃に対して、その外国訪問はよいとかよくないとか、行動を「許可」したり「禁止」したり「許し」たりできるような人物というのは、天皇と皇后しかいないと思う。

