マヨネーズの会社らしい名前「キユーピー」へ
戦後、キユーピーマヨネーズは復活を遂げ、中島はそれまで以上に事業に注力した。輸入した油を自ら検査して自身が求める品質基準を満たしていることを確認した。また、工場では極めて高い清浄度を維持し、最新鋭の設備を導入している。
工場での長い一日を終えたあと、中島は毎晩のように従業員たちと面談し、仕事で浮上した問題や悩みに耳を傾け、日本人の体を強くし滋養をつけられるマヨネーズを作りたいという自身のビジョンを共有した。彼の努力は報われた。1952年には、キユーピーマヨネーズの生産量と売上高が、戦前のピークを上回ったのだ。
このころになると、現在誰もが知る(そして愛する)キユーピーのブランドが定着し始めた。1957年、食品工業株式会社は、社名を正式にキユーピー株式会社に変更する。「食品工業」という言葉が「食品製造業」を意味することから、今後「○○食品工業」という名の会社が増え、社名を間違われるかもしれないと考えたからだ。
中島は、新しい社名を決めるにあたり、3つの条件を設けた。1.日本語でも英語でも通じること。2.「食品」という言葉を使わないこと。そして3.マヨネーズの会社らしい名前であること。そこで、「キユーピー株式会社」である。
1958年、おなじみのデザインが登場
キユーピーは1956年に、ポリエチレン袋入りのマヨネーズを試験的に発売した。この新包装は、軽量で使いやすく、また従来の蓋付き瓶容器よりも酸素の遮断性が高いことが判明した。消費者もこの新しいパッケージを気に入ったようで、購買数は予想を大きく超えた。
そして1958年、今では象徴的となったあのポリボトル容器が誕生する。初代の涙型容器のデザインは、今日のものとほとんど変わらない。柔らかく、片手で絞り出せ、赤いキャップがついていた。



