主君を見限り、京を掌握

天文18(1549)年、長慶は晴元を見限って兵を挙げた。結果は晴元の敗北。このとき晴元が、13代将軍・足利義輝と共に近江に逃れたため、将軍と幕府実力者が京に不在となった。そこで京に長慶が入り、実権を掌握する。

長慶は下剋上を果たしたと同時に、新政権「三好政権」を樹立するのである。

翌年(天文19/1550)には、晴元・義輝が京都奪還をもくろんで中尾城(京都市左京区)で長慶軍と対峙した。この戦いでは両軍が鉄砲で攻防を繰り広げたことが『言継卿記』などに記されているそうで、すでに鉄砲が常備されていたことをうかがわせる。