第1位は奈良にある秀長の本拠地

鳥取城は平成28年(2016)から大手登城路の復元工事がはじまり、まず内堀へ架かる擬宝珠橋が完成。続いて大手門にあたる中ノ御門の復元が着手され、高麗門の表門が復元されると、同じ中ノ御門を構成するもう一つの門、渡櫓門も令和7年(2025)4月に完成した。

いずれも木造の伝統工法で精密に建てられ、復元された城郭建築ではいちばん新しいと思われる。そして、鳥取城は約220本の桜で彩られる、「さくら名所100選」(日本さくらの会認定)のひとつ。完成した中ノ御門と名所の桜のマッチングが楽しめるのは、今年がはじめてである。

復元された鳥取城中ノ御門。
撮影=プレジデントオンライン編集部
復元された鳥取城中ノ御門。

いよいよ第1位だが、大和郡山城(奈良県大和郡山市)にした。高取城で触れたように、大和を任された秀長の本拠地で、奈良盆地の北西部に築かれた城の縄張り図は、秀吉の大坂城とよく似ている。本丸が東西に長く、その北端に天守台があり、内堀や中堀の随所に特徴的な屈曲がもうけられているなど、類似点が非常に多い。

大和郡山城跡の桜
写真=和田恵三/時事通信フォト
2013年4月1日、大和郡山城跡の桜(奈良県大和郡山市)

西に山を越えればすぐ大坂城で、かつて金箔瓦が葺かれた豪壮な天守が建っていた天守台に登ると、東大寺や興福寺など古代以来の寺社勢力まで見渡せる。そうした宗教勢力をも抑えて大和を支配する中枢としての城であり、ここが大坂城と並ぶ豊臣政権の拠点として意識されていたことがわかる。

明治維新まで存続したので手は加えられているが、石塔や礎石などの転用石を積んだ石垣など、本丸を中心に秀長時代の遺構もよく残る。城内には600本のソメイヨシノが植えられた桜の名所で、「さくら名所100選」にもなっており、桜の季節に合わせて「大和郡山お城まつり」も開催される。

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