史上最も予約が取れないレストラン

ガストロノミーツーリズムの世界もまた、激動のただ中にある。

かつてスペイン・カタルーニャ地方の「エル・ブジ」は、年間200万件の予約リクエストに対しわずか8000席しか提供しないという、史上最も予約困難なレストランだった(倍率は驚異の250倍だ)。

「分子ガストロノミー」というジャンルを確立した天才シェフ、フェラン・アドリアは、2011年にレストランを閉じ、「エル・ブジ財団」として食の研究機関に転身した。

デンマーク・コペンハーゲンの「ノーマ」も同様だ。

「世界のベストレストラン50」で何度も1位に輝いたレネ・レゼピの城は、従来型のレストランとしての営業を終え、食の研究ラボへと変貌した。

そして「コックス」は、フェロー諸島発の(デンマーク自治領)の唯一のミシュラン星付きレストランだが、「自分のレストランで食事をするためだけに来てほしい」と宣言している。

「この辺鄙な場所まで来る旅そのものが、食体験の一部」ということを意味しているのだ。

これは、ガストロノミーツーリズムの究極形だ。料理を食べに行くのではない。料理がある「場所」と「文脈」ごと体験しに行くのだ。

横浜中華街で食べ歩きをしている観光客に、この発想はあるだろうか。

「この肉まんを食べるためだけに、横浜まで来ました」――これを本気で言う人はまずいない。ほとんどの場合、「横浜に来たついでに中華街に寄った」程度の動機だろう。食が目的ではなく、食は「ついで」なのだ。

この「ついで」と「ためだけに」の差。これこそが、庶民と富裕層の食べ歩きを隔てる、最も本質的な断層線である。

「食べログの点数」では測れない価値がある

ここまで読んで、筆者がまるで「サン・セバスチャンに行ける人間だけが本物の食通だ」と言っているように聞こえた読者もいるかもしれない。あるいは「横浜中華街の食べ歩きなど低俗だ」と断じているように。

誤解の無いように、お伝えするが、そういうことではない。

実は、横浜中華街でもガストロノミーツーリズムは可能だ。

ネットのランキングを無視して、広東、上海、四川、それぞれのルーツを持つ老舗の扉を開け、給仕長に「今の季節、シェフが一番食べてほしい食材は何か」と尋ねてみる。

それだけで、中華街は「観光地」から「食のワンダーランド」へと姿を変えるはずだ。

つまるところ、問題は場所ではない。体験に向き合う姿勢なのだ。

私が言いたいのは、「食べ歩き」という同じ言葉の中に、まったく異質な体験が内包されているという事実を、多くの人が気づいていない――あるいは気づかないふりをしている――ということなのだ。

そしてこの格差は、金銭の多寡だけでは説明できない。

サン・セバスチャンのバルホッピングの本質は、「食を通じて世界を読み解く知的好奇心」と「そのために時間と労力を惜しまない姿勢」にある。これは、仮に200万円の旅費がなくても、本やインターネットである程度は疑似体験できるものだ。

近所の居酒屋の焼き鳥でも、その鶏がどこで育ち、どんな飼料を食べ、なぜこの焼き方をしているのかを店主に聞くだけで、一本の焼き鳥が纏う「文脈」は一変する。

だが、現実には、ほとんどの人が「うまい」「まずい」「コスパ最高」「映える」――この4つの形容詞だけで、食体験を処理してしまう。

そして食べログの点数を見て、Googleマップのレビューを見て、行列の長さで店の価値を判断する。実に寂しい光景だ。

待ちの通りでスマホを使用している男性の手元
写真=iStock.com/dikushin
※写真はイメージです

富裕層が「食べ歩き」に見いだしているのは、料理の味ではない。世界の奥行きだ。

そして庶民が「食べ歩き」で消費しているのは、カロリーだけではない。「自分は食を楽しんでいる」という幻想を買っているのである。

屋台村の3軒目、おでんの大根に七味をかけながら、ふと考えてみてほしい。この大根は、どこの畑で獲れたのか。なぜこの出汁はこの色をしているのか。なぜ日本人はおでんを冬に食べるのか。

その問いを持てた瞬間、あなたの食べ歩きは、ほんの少しだけガストロノミーツーリズムの意識に近づくのだ。

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