「食べ歩き」という言葉の残酷な二面性
休日の午前11時。横浜中華街の善隣門をくぐると、すでに大変な人混みである。
焼き小籠包の湯気が路地を白く煙らせ、若いカップルがスマートフォンを片手に「映える」角度を探しながらタピオカミルクティーやマンゴーミルクを啜っている。
豚まんを頬張る親子連れ。
甘栗の試食を配るおじさん。北京ダック風のクレープに長蛇の列ができ、その隣では「食べ放題2480円」の看板が、赤と金の電飾が昼間からギラギラと主張している。
活気がある。実に楽しそうだ。そしてこの光景は、日本人が「食べ歩き」という言葉から真っ先に連想する、まさに典型的な風景だろう。
一方、同じ地球上で、まったく異なる「食べ歩き」が展開されている場所がある。
スペイン北部、バスク地方。フランス国境からわずか20キロメートルに位置する人口約18万人の小さな街――美食の街サンセバスチャン(San Sebastián)である。
ここでは、「食べ歩き」のことを「バルホッピング」と呼ぶ。旧市街には100軒以上のバルがひしめき合い、数十メートルおきにピンチョスバーが軒を連ね、カウンターには宝石箱のような小皿料理がずらりと並ぶ。
訪れた旅行者は、1軒で1〜2品のピンチョスと相性抜群のバスク地方の微発泡白ワイン「チャコリ」で〔地元では「Txikiteo(チキテオ)」と呼ぶ〕を一杯ひっかけては、次の店へ移る。
「ベルムー(Vermú)」というバスク風ベルモットや「リオハ」というスペイン産赤ワインへとホッピングと共に、少しづつ深酒モードに突入。そして、一晩で立ち飲みを5軒、6軒と繰り返す。
価格は大きく変わらない、しかし…
横浜中華街の食べ歩きと、サン・セバスチャンのバルホッピング。複数の店を渡り歩き、少量ずつ多種多様な料理を楽しむ。一見すると場所が違うだけで、行動は同じに見える。
だが、その中身の解像度を上げていくと、両者の間には太平洋よりも深い溝が横たわっている。
まず、最も表層的な比較は価格だが、横浜中華街の食べ歩きアイテムの平均単価は、おおむね300円から800円程度だ。焼き小籠包が500円、肉まんが400円、タピオカミルクティーが600円。5〜6品食べて3000円も使えば、「今日はけっこう食べたね」という満足感とともに帰路につくことができる。
サン・セバスチャンのピンチョスは、1皿あたり2〜5ユーロ(約350円~1000円)が相場だ。チャコリが1杯3ユーロ前後(約550円)。5軒はしごして、ワインも含めて50〜60ユーロ、日本円にして8000円から1万円程度だろうか。
「なんだ、たいして変わらないじゃないか」
そう思った読者は、金額でしか比較していない。いや、金額しか見えない環境に置かれている、といったほうが正確かもしれない。
差は、価格ではない。「そこに至るまでの投資」と「その一皿が背負っている文脈の厚み」なのだ。


