食のファスト化が進んでいる

サン・セバスチャンのピンチョスバーで供される一皿のアンチョビは、ただのアンチョビではない。

バスク海岸で揚がったカンタブリア海のアンチョビを、代々受け継がれた塩漬け技法で仕込み、バスク地方特有の調理哲学――「素材の声を聴く」という、ヌエバ・コシーナ・バスカ(新バスク料理)の精神――に基づいて一皿に仕立てたものだ。

アンチョビのタパス
写真=iStock.com/Eva-Katalin
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その背後には、1970年代にスペインの独裁政権が終焉し、バスクのアイデンティティ回復運動の中でシェフたちが「レシピのオープンソース化」という革命的な決断を下した歴史が流れている。

一方、横浜中華街には横浜中華街の歴史がある。1859年の開港から始まる華僑の営みには敬意を払うべきだ。

もちろん、路地裏を探せば、今も手作りにこだわり、本場の味を守り続ける名店はたくさんある。横浜中華街の歴史と誇りは健在だ。

だが、その一方で、大通りを目立つ「食べ歩きグルメ」が、急速にファストフード化しているのも事実だ。効率を優先し、セントラルキッチンで作られたものを店頭で蒸し直して提供する。それはビジネスとして正解かもしれないが、そこに「街が持つ160年の重層的な歴史」を見いだすのは難しい。

この現象は、「文脈」ではなく、「安さと映え」を求める私たちに、街が適応した結果ともいえる。一個500円の小籠包の向こうにある歴史を見ようとしない限り、その味は『#横浜中華街食べ歩き』の域を出ないのだ。

なぜ1皿のために旅費200万円をかけるのか

サン・セバスチャンでピンチョスをつまむために、日本からどれだけの投資予算が必要か。

まず航空券。東京から最寄りのビルバオ空港まで、ビジネスクラスで往復にかかる費用は、閑散期でも80万。シーズンだと200万円。

中継地・ビルバオからサン・セバスチャンまではバスで約1時間だが、富裕層はプライベートトランスファーを手配する。

ホテルは、旧市街のブティックホテルで1泊3万〜5万円。ミシュラン三つ星の「アルサック」や「マルティン・ベラサテギ」でのディナーを組み込めば、1食あたり5万円が上乗せされる。

つまり、サン・セバスチャンで3泊4日のバルホッピングを楽しむためには、ゆうに一人約200万円の「舞台装置」が必要になるのだ。

対して、横浜中華街。東京から電車で30分、交通費は片道500円。食べ歩きの予算は3000円。帰りに中華街の土産物屋で月餅を買っても、総額5000円でお釣りがくる。

200万円と5000円。実に400倍の差である。

しかし、私がここで問いたいのは、「200万円かける富裕層はすごい」ということではない。むしろ逆だ。

「なぜ、200万円を払ってまで、わざわざ地球の裏側で小皿料理を食べ歩く人々がいるのか」――その動機の構造を理解しなければ、現代の消費格差の本質には永遠にたどり着けない、ということだ。