農水省にとって「コメ増産は利己的行為」
かつては、個々の生産者が減反面積の目標=コメの生産目標数量を達成しないと、翌年の減反面積目標の加重=コメの生産目標数量の減少を要求したり、減反目標を全体として達成しない地域には農業の補助金を交付しないといった締め付けを行ってきた。さすがに今はこのようにあからさまなやり方は行っていないが、ムラの規律が強い農村地域では、暗黙の強制が働く。
米価が低下した21年から23年にかけて、農業界では、「コメの生産を減らさないのは皆の利益を考えない利己的な行為だ」と非難された。この時の官民挙げての減反強化の結果、米価は、22年産1万3844円、23年産1万5315円に回復した。秋田県への指導または圧力は、この過程で行われたのだ。農水省から多額の農業補助金を受け取っている秋田県としては、単なる農水省の指導であっても強烈な圧力と受け止めたのだろう。
秋田県としては、県内に大規模で生産性が高い生産者が多く、“需要に応じた生産”のためには、もっとコメを作りたいという意向を持ったのだろう。県としてはもっともな意向である。しかし、このような都道府県がたくさん出てくれば、農水省やJA農協が予定した生産量を超えてしまい、米価は下がってしまう。
合成の誤謬である。
おそらく農水省の出先機関である東北農政局の担当者は、減反強化という本省の意向を受けて、必死で秋田県を説得しようとしたのだろう。そうしなければ、省内での評価を下げてしまうからだ。農水省の幹部も当然了解していたものと思われる。この一生懸命で真摯な担当者の行動が秋田県からすれば圧力と受け止められたのだろう。
「トカゲのしっぽ切り」は許されない
鈴木農相は圧力と受け止められかねないやり取りがあったとすれば「非常に不本意で、あってはならない」と述べたが、これでは秋田県と折衝した担当者はかわいそうだ。この担当者は減反強化という本省の方針を実現するために真面目に職務を全うしようとしたにすぎない。農林族議員である鈴木農相自身も当時は減反強化を主張していたのではないだろうか。大臣が彼を非難するのは見当違いである。これでは「トカゲのしっぽ切り」だ。非難すべきは農水省の減反強化という政策である。彼はその犠牲者である。真面目な正直者が人事で飛ばされることがないようにしてもらいたい。
鈴木農相が国民に謝るべきは、国民・消費者に高い米価を強い食料危機の際に国民を餓死させる減反という亡国の政策を推進しようとする自分自身である。彼の所信表明には、最初に国民への食料の安定供給という言葉が出てくるだけで、政策の内容は徹頭徹尾農家の所得を向上するという一点に絞られている。国民や消費者の利益は無視しても、農業の既得権を何としても守りたいのだろう。これで国家のために働く国会議員、国務大臣と言えるのだろうか? かつて国家公務員として農水省に勤務した者として、情けない思いがする。

