そして、スーパーから米が消えた
端的に言うと、生産目標数量の配分はなくなったことを額面通りに受け取り、各県は自主的にコメを生産できるはずだと主張する秋田県と、生産目標数量の配分廃止は表向きのことであって実際には生産目標数量の配分を続けようとする農水省の認識の差が表面化したケースだと言えるだろう。農水省からすれば、秋田県庁の人たちは空気が読めず忖度ができないと思ったのだろう。
幸いなことに、23年産米は猛暑で白濁粒などが発生したため、実供給量が大幅に減少し、24年にはコメがスーパーの店頭から消えるという事態まで起きた。秋田県が生産超過しても目立つことはなかった。
農家がコメをつくって何が悪い
そもそも個々の生産者に需要に応じた生産を行わせることは、必ず合成の誤謬を生むことになる。個々の生産者が需要に応じた生産を行う以上、農水省が“需要に応じた生産”と称して全体の供給量を抑えようとすることは不可能である。全体の供給量を抑えるためには、都道府県や生産者の需要に応じた自由な行動を認めないで統制しなければならない。つまり、生産目標数量の事実上の配分である。
おそらく、20年ほど前に、減反から早期に脱却したいと考えた農水省の担当者が最初に“需要に応じた生産”を唱えたときは、文字通り生産者が自由に売り先を見つけて生産することを考えていたのだろう。減反のコアである補助金は政治的に抵抗が大きく廃止できないものの、国から生産者までの生産目標数量を配分しないことで、生産者に自由に作らせようとしたのだろう。
それ以前にも1995年に食糧管理法を廃止したとき、「作る自由、売る自由」をキャッチコピーとしていた(残念ながら、このときは流通の統制は解除されて売る自由は認められたが“作る自由”は認められなかった。かえって同法に代えて制定した食糧法にこれまで通達にしか根拠がなかった生産調整(減反)を規定した。農水省の中に異なる意見があるということだろう)。
