台湾人が誇る「サムライ」との激戦

【兼原】後藤新平も台湾の発展に貢献していますよね。

【垂】児玉源太郎が台湾総督となり、実務上のトップである民政長官に後藤新平を起用して、この二人が台湾の基礎を築いたわけですね。その結果、台湾社会は次第に豊かになっていきました。もっとも、霧社事件(1930年)など悲惨な事件も確かにありましたが。

【兼原】台湾原住民(高砂族)による日本統治への反乱ですね。霧社事件を描いた『セデック・バレ』という大作映画がありますが、見てみてびっくりしたのは高砂族の人たちが差別されていたことです。彼ら向けの病院には「人畜病院」って書いてある。

ところが、この映画、「高砂族の人たちが日本を相手によく戦った」というメッセージの映画なんですよ。反乱軍は全員死にますが、リーダーは捕まらず最後に自殺する。一番最後のシーンでは、台湾総督府の日本軍人が「こいつらはサムライだ」と叫ぶ。

台湾人の新しいアイデンティティの現れだと思いました。台湾人が、自分たちは独力で日本と戦った立派な民族なんだということを自らの歴史に刻もうとしている。

監督の魏徳聖(ウェイ・ダーション)は、台湾球児が甲子園で活躍した『KANO1931 海の向こうの甲子園』を製作した、親日的な監督です。日清戦争の後、台湾にいた清朝の役人も軍人もすぐに逃げ出した。誰も戦っていない。しかし、台湾人は戦った。

日清戦争における日本軍の損失は、実は日清戦争それ自体の損失と、その後の台湾併合の際の損失とが同じ規模です。それが今、台湾人の誇りになっている。

阪大と名大よりも前に創立された台湾の旧帝大

【垂】面白いですね。それから少し時代が下がった頃のことですが、日本人は少数民族から非常に高く評価されているという事実もあります。

一般的に「高砂族」って称されていましたが、実際には台湾の原住民にはさまざまな少数民族が存在し、互いに言葉が通じないことも多かった。そのため、日本語が実質的に共通語になった時代もありました。

台湾原住民の女性と子ども
台湾原住民の女性と子ども(写真=John Thomson/ウェルカム・イメージ/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

さらに、先の戦争では多くの原住民が高砂義勇隊として徴用されたり志願したりしましたが、日本人としての誇りを持って戦ったことが語り継がれています。台湾映画『KANO1931』は、嘉義農林学校野球部が台湾代表として甲子園で準優勝した実話を映画化したものですが、この野球部は日本人、台湾人、原住民の混合チームでした。

【兼原】台湾人で靖国に参拝される方もおられますよね。大日本帝国は、植民地の人でも、ちゃんと軍隊に入れば差別しませんでした。植民地人だけの部隊を作って危険な仕事を押し付けていた欧州の国々とは違います。

兼原信克、垂秀夫『中国共産党が語れない日中近現代史』(新潮新書)
兼原信克、垂秀夫『中国共産党が語れない日中近現代史』(新潮新書)

また、植民地の人が高位の将軍となり日本人の兵卒を指揮することもありました。欧州諸国で白人の軍隊を有色人種が指揮するなんてありえなかった。韓国出身の洪思翊は中将まで上り詰めました。李登輝総統も帝国陸軍少尉ですよね。

日本の植民地統治は、基本的に内地の延長ですから、インフラだけではなく教育にも熱心でした。台北帝国大学は1928年に、東大、京大、東北大、九州大、北大に続いて創立されました。1931年の大阪大学、1939年の名古屋大学創立よりも早い。因みに京城(ソウル)帝国大学創立は1924年です。

【垂】李登輝元総統の日本人名は岩里政男で、実兄はフィリピンで戦死しており、靖国神社に祀られています。李登輝は生前これを「誇りに思う」と述べ、訪日時に靖国神社を参拝したこともあります。

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