イオンの“やむを得ない再編”

ダイエーを吸収合併した当初は、イオン・岡田元也社長(現:会長)が「イオングループが多ブランドに分かれていては不利だ」「数年でダイエー屋号を消滅させる」(2014年9月15日・毎日新聞より)意向を表明していた。

にもかかわらず、各店は一転して「ダイエー」系列の看板を掲げたまま、生き残ってきたのだ。

しかし十年以上が経ち、関東のほとんどが「イオン」の名を冠した店舗に制圧されてしまった。かつ、残ったダイエー店舗によっては、築50年以上も経つ老朽化や顧客の高齢化で、存続の意義を失いつつあった。

全盛期の1990年代後半にはグループ800店舗あったダイエーだが、このタイミングで関東でのブランド維持に見切りをつけるのも、やむを得ないだろう。

首都圏のイオン系列ではいま、旧・ダイエー店舗に加えて「マックスバリュ関東」「ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(U.S.M.H.)」などを含んだ一大再編が行われようとしており、全盛期には100店以上もあった「アコレ」も「ビッグ・エー」に転換するかたちで消滅している。

今回の首都圏ダイエー撤退は、イオンが首都圏の地盤を強化するための「やむを得ない再編」の一環だったのだ。

懐かしの「ダイエー」売り出しハッピ 神戸市「ダイエー博物館」にて
筆者撮影
懐かしの「ダイエー」売り出しハッピ 神戸市「ダイエー博物館」にて

西での「ブランド力」「競争力」に託した

一方で、関西ではなぜ「ダイエー」ブランドを残すのか?

地場スーパーがイオンに白旗を上げてしまった他地域と違って、「イオンブランドが覇権を握れていない」という、この地のマーケットの特殊さに理由がある。

阪急阪神グループの「イズミヤ・関西スーパー・阪急オアシス」連合や「ライフ」などの強豪、「万代(大阪)」「平和堂(滋賀)」「オークワ(奈良・和歌山)」など強固な地場を持つチェーンが乱立。

ここに九州から「トライアル」、関東から「オーケー」、東海から「バロー」が乱入。安さだけでなく独自性まで求める関西人を味方につけるには、「中途半端に安くて、画一的で無機質」な「イオン」ブランドでは、心もとない。

ここでイオンは、かつて関西で絶大なブランド力を誇っていたダイエーに、出店の“伸びしろ”を託すことにした。

しかも現在のダイエーは、専用工場から1日約3万個を出荷する「ディーズベーカリー」や、独自の冷凍技術を持っており、関西固有のチェーンと競争する力がある。

ここにイオンの強みであるDX化によるコストカットや、PB商品「トップバリュ」の提供で、イオン傘下として効率よく経営してもらおう、という訳だ。

ダイエーが「ブランド力」だけでなく、個性派の地場スーパーと張り合える「競争力」があったからこそ、イオンは関西で成長の一角を、ダイエーに託したのだ。

ただ、関西のダイエー店舗は軒並み老朽化しているため、順次改装でリニューアルした上で、これまでの強みを活かした新ブランド「フードスタイル」での新店出店も目指すという。

ダイエー1号店(大阪市旭区千林) ダイエー記念館にて
筆者撮影
ダイエー1号店(大阪市旭区千林) ダイエー記念館にて