最後の宴を楽しんだ後、夫婦の語らい

秀吉軍は北庄城を攻囲すると、時間をおかずに攻め立ててきた。「柴田合戦記」によれば、総構はすぐに破られ、城壁から十間・十五間の距離で布陣してきた。城内では軍勢を四方に分けて対抗した。城内から勝家助命の嘆願をし、秀吉にとって「眤近じっきん古老」の武将と協議したものの、認められなかったという。そしてすぐに攻めかかってきたという。

勝家は防戦することができず、ついに天守に引き上げた。そして信頼ある家臣80人を呼び集めて、「勝家の運命は明日ときまった。今夜は夜明けまで酒宴・遊興し、名残を惜しもう」と言って、酒宴に騒いだという。しかし夜更けになって、家臣らは酒を飲むのを止めて、退去していったという。

そしてお市の方と勝家も寝室に戻り、最後の語らいをしている。そこで勝家はお市の方に、こう語ったという。