古剣、須恵器、管玉が出土したという証言
社伝によれば、平安時代に東国を遊行していた僧が赤坂一ツ木村で祭神のお告げによりお社を祀ったのがはじまりで、干ばつの折に祈ったところ、たちまち雨が降ったという霊験が伝えられています。
のち江戸時代の中期、紀州徳川家の吉宗公が8代将軍となったことで、屋敷のある赤坂一ツ木の地主神・氷川明神への崇敬が高まり、しかるべき場所に新たな社殿を造営すべく、現在地に遷されました。享保15年(1730)のことです。
社地に選ばれたこの地は、西北―北東に崖をなす高台で、外濠(堀)や溜池を見下ろす場所にあります。さらにさかのぼれば、江戸湾の入り江だったとも考えられます。
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