※本稿は、ジュディス・ジョセフ『かくれうつ』(訳:鹿田昌美、飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
「勝利の喜び」が「安堵」に変わる恐怖
2021年9月、テニス界のスターである大坂なおみ選手の記者会見を見て、私は胸が張り裂けそうになりました(※1)。全米オープン3回戦敗退後、23歳の大坂選手はカメラの前で涙をこらえながら、記者の質問に答えていました。心を落ち着けようと長い時間押し黙り、両手でそっと頬を叩き、ついにはナイキのバイザーを下げて涙を隠しました。
※“Naomi Osaka,” Women’s Tennis Association, May 28, 2024, U.S. Open interview, September 4, 2021, YouTube, https://www.youtube.com/ watch?v=YHxuYRRYVAY.
「勝っても嬉しいと感じない。むしろほっとするんです」と、わずか数年前の2018年全米オープンで幼少期の憧れだったセリーナ・ウィリアムズ選手を破った大富豪アスリートは語り、最後には声を震わせながらこう言いました。
「負けると、とても悲しくなる。でも、それは普通じゃないと思う。しばらくプレーを休もうと思います」
世界級のアスリートが負けた後にこれほど落ち込み、さらに悪いことに、勝った後に感情を失ってしまうのはなぜでしょう? 大坂選手は2020年に世界で最も高額な報酬を得ていた女性アスリートです。頂点に立つアスリートが、人生を捧げてきたものから距離を置こうとする原因とは?
なぜ大坂なおみは勝利に笑えなくなったのか
大坂選手のインタビューが終わった時、私は疑問の答えを見つけていました。大坂選手は多くの「成功を収めたにもかかわらず」無快感症になっていたのではなく、「成功したゆえに」無快感症になっていたのです。誤解のないよう言っておくと、私は大坂選手の主治医ではありません。
でも、ここまで読み進めた皆さんにもお分かりでしょうが、勝つことの喜びではなく、負けなかったことへの安堵感だけを得ているのなら、それはかくれうつの兆候なのです。
最初はそんなことはありませんでした。かつては自分が選んだスポーツで競い合うことが大坂選手に喜びをもたらしていました(タイガー・ウッズ、シモーネ・バイルズ、マイケル・フェルプス、トム・ブレイディなど、メンタルヘルスの苦悩について公に語ったトップアスリートたちも同様です)。
誰でも、得意なことをするのが好きなのではないでしょうか? でも、勝利を重ね、リスクや期待が高まるにつれて、鶏が先か卵が先かという問題が浮かび上がります。

