※本稿は、ジュディス・ジョセフ『かくれうつ』(訳:鹿田昌美、飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
人生で最も重要なのは「成功」ではない
ネットに書き込む人やテレビのコメンテーターが道徳的価値観について語ったり、職場の幹部が企業価値について語ったりするのは聞いたことがあっても、自分の個人的な価値観が何なのか、なぜそれが重要なのかをじっくり考えたことがないかもしれません。
価値観とは、人生で最も重要だとあなたが信じているものです。「努力」や「忍耐」と混同してはいけません。かくれうつの人は、よくこの誤解をします。価値観は、成功や承認をもたらすものではありません。価値観とは、あなたが何を大切にし、何に喜びを感じるかということです。そして、何よりも重要なのは、価値観が人生に目的を与える、ということです。
価値観は、多くの場合、家族や文化によって形成されます。例えば、一部のアジア文化では教育を重視し、わが子に一生懸命勉強して高度な学位を取得するよう奨励しています。一部のアフリカ文化では、年長者への敬意を重視し、高齢者を思いやり、彼らが苦労して得た知恵に耳を傾ける姿勢を育んでいます。
ほとんどのアメリカ人は、家族(家族と過ごす時間や家族のために一生懸命働くことを優先する)か、コミュニティ(隣人や私たちが住む環境に深くかかわる)を価値観として挙げます。
「家族が大事」と教えてくれた両親
私が育ったジョセフ家では、両親は私と3人のきょうだいに、信仰と慈善と家族が最も重要な価値観であると教えてくれました。父が牧師だったので、宗教と他者への支援に重点が置かれるのは当然のことでした。両親は、他者を思いやるとはどういうことか、それがどれほど大切かを、子供が理解できるように教えてくれました。
毎週土曜日、私たちは早起きして、両親に車で地元のYMCA(注:キリスト教青年会)に連れて行かれ、慈善活動をしました。そこでは、自分たちよりもはるかに恵まれない家族や子供たちと出会いました。
子供の頃はいやいや行っていましたが、大人になった今、両親が共感を教えてくれたことに感謝しています。共感の心が欠けている患者のほとんどは、私の両親のように親が模範を示してくれていませんでした。
私の実家は、「家族」に価値を置いていました。私たちは毎晩、自宅の小さなアパートで寝る前に、きょうだいで互いに「あなたを傷つけたこと、全部ごめんなさい」と謝りました。
その日に自分がした具体的なこと、例えば意地悪な発言のことかもしれないし、きょうだいを傷つけたことに自分でも気づいていない時もありました。肝心なのは、両親が子供たちが互いに怒りを抱えたまま寝るのを望んでいなかったということです。私たちは家族だからです。

