※本稿は、ジュディス・ジョセフ『かくれうつ』(訳:鹿田昌美、飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
「休む必要ない」と壊れるまで働く人たち
私たちは往々にして、仕事やToDoリストのチェックに追われ、体に何が起こっているのかを感じ取れません。さらに悪いことに、体からのメッセージを受け取っていても無視したり、自分で自分をだまして信じなかったりします。
「この進捗報告が終わるまで、水を一杯飲むのは我慢する」
「ここはそんなに寒くない。次のクライアントの対応が終わるまで、セーターを取りに行くのは我慢する」
そんな具合に、自分に言い聞かせるのです。
かくれうつに苦しんでいる人は、セルフケアの欠如(「疲れていない。休む必要はない」)を通り越して、自傷行為(「徹夜して週末に寝よう」)に陥ってしまいます。「人間」から「働きロボット」へと変身し、長時間机の前に座り続けたせいで腰が痛いことさえ気づかなくなります。
時間オープンの大学図書館で徹夜で勉強し、トイレに行くことも忘れています。朝、子供を学校に送る途中にグラノーラバーをかじって以来、何も食べていないことに気づかないまま夕食の時間になります。上司から新しいプロジェクトを依頼され、肉体的に疲れ果てていることに気づかずに、笑顔で熱意を持って「はい」と答えます。
「警報」を無視して自分を追い詰める
かくれうつの人は、自分の気持ちを10秒たりとも振り返ることがないため、自分を追い詰めてしまいます。立ち止まって考えれば、自分が苦しんでいることに気づくかもしれないのに。さらには、人生からどれだけ多くのものを失っているのかを振り返ることができたかもしれません。
考えてみてください。家の火災報知器が鳴っても無視したり、電池を抜いたりしたらどうなるでしょう。揚げ物をしている最中で、火事だとは思わないかもしれません。でも、次回はフライパンの煙ではなく、実際に火事になったら? 警報器を無視したせいで、家が燃え始めてしまいます。
今度は、このシナリオを体に当てはめて考えてみましょう。常に噛みしめているあごが無視された「警報」であり、奥歯が欠けて医者に駆け込むことが「火災」です。あるいは、しつこい痛みが「警報」で、目覚めた時に首が動かないのが「火災」です。あるいは、疲労が「警報」で、朝シャワーを浴びている時に排水溝の髪の毛が増えていることに気づくのが「火災」です。
残念ながら、成功すればするほど、忙しく過ごす機会が増え、症状を無視しやすくなります。お気に入りのコメディアンが過労のために次のツアーをキャンセルしたのなら、それは高機能を維持しようとして自分の体を無視した結果です。

