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黒く塗られたシューズ
ロッカールームで、その選手はあるシューズを手に取った。
黒いペンを握り、ロゴを塗りつぶしていく。何度も、丁寧に。アシックスと契約している以上、他社のシューズは履けない。でも、勝つためには――。
2019年、秋。アシックスのスポーツマーケティング担当者は、その光景を目の当たりにして言葉を失った。
「その選手はうちと契約してるんで、他社のシューズは履けない。でも、うちの靴はパフォーマンス的に劣るから履けない。苦肉の策で、よその靴を真っ黒に塗りつぶしていたそうなんです」
アシックスのトップアスリート向けランニングシューズ「メタスピード(METASPEED)」開発チームのリーダー、竹村周平氏は、どん底とも言える当時を静かに振り返る。
選手からは「戦えるものがない」と言われていた。エージェントからは「勝てるシューズを提供できないなら、選手を紹介しないよ」と門前払い。新しい才能との契約交渉すら、させてもらえない。
「たまらないよ」
選手と最も近い距離にいる、スポーツマーケティング担当者からの悲鳴だった。
「31.9%の栄光から0%」1460日後の転落
数字は、残酷なほど雄弁だった。
2017年、箱根駅伝。アシックスのシェアは31.9%で堂々のトップ。大正9年から続く伝統の駅伝を支える、王者の座にいた。
しかし2018年、ナイキがシェアを逆転する。ナイキは2017年7月、ランニングシューズと言えば「薄底」という常識を覆す厚底シューズ「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ4%」を発売、瞬く間に市場を席巻していたのだ。
「2017年、私は中国に駐在していたのですが、香港のお店でヴェイパーフライを持ってみて衝撃を受けました。クッション性の高い厚底シューズはそれまでにもありましたが、それをここまで軽くしてランニングシューズにできるのかと。革新的だったと思います」
箱根駅伝のシェアは2019年、ナイキ41.3%、アシックス22.2%に。さらに2020年には、ナイキ84.3%。アシックス3.3%。崖を転げ落ちるような数字だった。
そして2021年――。


