2021年、箱根駅伝、着用率0%。「アシックスじゃ、戦えない」選手たちからの戦力外通告だった。あの日から5年。シェアは徐々に回復し、2025年には7年連続首位のナイキを抜いた。逆転劇の裏側には、どん底のなか、歯を食いしばった開発者たちの闘いがあった。チームを率いたアシックス・スポーツ工学研究所長の竹村周平さんに話を聞いた――。(取材・文=フリーライター・笹間聖子)

黒く塗られたシューズ

ロッカールームで、その選手はあるシューズを手に取った。

黒いペンを握り、ロゴを塗りつぶしていく。何度も、丁寧に。アシックスと契約している以上、他社のシューズは履けない。でも、勝つためには――。

2019年、秋。アシックスのスポーツマーケティング担当者は、その光景を目の当たりにして言葉を失った。

「その選手はうちと契約してるんで、他社のシューズは履けない。でも、うちの靴はパフォーマンス的に劣るから履けない。苦肉の策で、よその靴を真っ黒に塗りつぶしていたそうなんです」

アシックスのトップアスリート向けランニングシューズ「メタスピード(METASPEED)」開発チームのリーダー、竹村周平氏は、どん底とも言える当時を静かに振り返る。

インタビューに応じる、スポーツ工学研究所長 兼 Cプロジェクト部長の竹村周平さん。2001年アシックス入社後、一貫してシューズ開発のキャリアを積むみ、2020年1月「Cプロジェクト」リーダーに抜擢される。2025年~現職。
撮影=プレジデントオンライン編集部
インタビューに応じる、スポーツ工学研究所長 兼 Cプロジェクト部長の竹村周平さん。2001年アシックス入社後、一貫してシューズ開発のキャリアを積むみ、2020年1月「Cプロジェクト」リーダーに抜擢される。2025年~現職。

選手からは「戦えるものがない」と言われていた。エージェントからは「勝てるシューズを提供できないなら、選手を紹介しないよ」と門前払い。新しい才能との契約交渉すら、させてもらえない。

「たまらないよ」

選手と最も近い距離にいる、スポーツマーケティング担当者からの悲鳴だった。

「31.9%の栄光から0%」1460日後の転落

数字は、残酷なほど雄弁だった。

2017年、箱根駅伝。アシックスのシェアは31.9%で堂々のトップ。大正9年から続く伝統の駅伝を支える、王者の座にいた。

しかし2018年、ナイキがシェアを逆転する。ナイキは2017年7月、ランニングシューズと言えば「薄底」という常識を覆す厚底シューズ「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ4%」を発売、瞬く間に市場を席巻していたのだ。

「2017年、私は中国に駐在していたのですが、香港のお店でヴェイパーフライを持ってみて衝撃を受けました。クッション性の高い厚底シューズはそれまでにもありましたが、それをここまで軽くしてランニングシューズにできるのかと。革新的だったと思います」

【図表】箱根駅伝シューズ着用率
図表=箱根駅伝のブランド別シューズ着用率の推移。「Alpen Group Magazine」などを基にプレジデントオンライン編集部が作成。

箱根駅伝のシェアは2019年、ナイキ41.3%、アシックス22.2%に。さらに2020年には、ナイキ84.3%。アシックス3.3%。崖を転げ落ちるような数字だった。

そして2021年――。