人間関係を増やしても充足感は得られない
若い頃の私は「お金を稼げるようになれば安心できる」「安心できれば自然と幸せになれる」と信じていました。だからこそ、目の前の仕事にひたすら向き合い、がむしゃらに働きました。
年齢を重ねるにつれて、以前ほどお金の心配をしなくても暮らせるようにはなりました。生活は安定し、将来に対する漠然とした不安も減りました。しかし、期待していたような充足感は訪れませんでした。ある程度、人生の先が見えるようになってふと立ち止まったとき、「あれほど必死になっていたのは、結局何のためだったのだろう」と、心にぽっかり穴が空いたような虚しさを覚えたのです。
振り返ってみると、私が追いかけていたのは「幸せそのもの」というより、「不幸にならないための安心感」だったのかもしれません。人類が狩猟採集をしていた頃からの本能でしょうか。私たちは「不安」を消すために稼ごうとします。しかし、食料と違って「お金」による安心感には「ここまであれば十分」という限界がありません。稼げば稼ぐほど、また別の不安が顔を出す。その「無限ループ」の中で疲弊していたことに気づいたのです。そこで、私は発想を転換しました。
「漠然とした不安」のために備えるのではなく、「自分が情熱を持てること」にリソースを集中させ、それ以外を削ぎ落とす。これこそが私の考える「ミニマリズム」の本質です。単なる節約や、モノを持たないだけの生活とは一線を画す、人生の戦略なのです。
こうした考え方は、お金やモノに限った話ではありません。人間関係についても、私は同じことを感じています。
人とのつながりは大切ですが、近すぎればいいというものでもありません。人との距離にも、やはりバランスが大切だと思うようになりました。
たとえば、友人とゴルフ旅行に出かけることがあります。数日間、一緒にラウンドを回り、食事をし、夜は酒を飲みながら語り合う。気心の知れた仲間との時間は楽しいですし、刺激もあります。しかし、その濃密な時間を過ごしたあとは、人間関係に少し「お腹いっぱい」になっている自分がいます。
そこで私は、意識的に一人の時間をとるようにしています。旅行から戻った直後はあえて誰とも会わず、予定も入れない。仕事をするにしても、独りで黙々と向き合う時間を選びます。そうすることで、不思議と気持ちが落ち着き、頭の中が整理されていくのです。
以前は、「人と会うことはいいことだ」「誘いを断るのは失礼だ」と考えていました。その結果、気乗りのしない会食や、流れで参加する集まりが増えていました。けれど、そういったつながりが増えると、自分の内側に余白がなくなっていく感覚がありました。
人と過ごす時間を減らすというと、冷たい印象を持たれるかもしれません。しかし私にとってそれは、人間関係を断ち切ることではなく、調整することです。他人といる時間を少し「捨てる」ことで、自分自身の感覚を取り戻す。その結果、また人と会う時間を、以前より穏やかな気持ちで楽しめるようになりました。
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