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連立方程式としての顧客志向

「顧客志向の罠」とは何だったのか。顧客という存在の多様性から引き出せるはずの可能性を、企業が特定の顧客との関係に限定して問題を考えることによって閉ざしてしまう――すなわち顧客志向の課題は連立方程式を解くことだということを忘れてしまう――ことによって、顧客志向は「思考の罠」へと転じる。このことに、われわれは注意しなければならない。

マーケティングにおいて、この思考の罠から抜け出すためには、まずは、顧客という存在は本来は多様なものだということを忘れないようにしなければならない。そしてその次には、この多様性に潜む可能性をつなぎ合わせるストーリーを次々と新たに実現していくという課題に挑まなければならない。

たとえば、近年のサントリーのウイスキー事業は、従前からのファンとの間に培ってきたブランドの世界観を大切にしながら、新たな顧客層として若年層を見いだし、そこに新しい飲み方に合ったハイボール(1次会で飲むウイスキー)を提案することで、市場を再活性化させている。


ウイスキー市場は1983年をピークに5分の1にまで縮小したが、2009年以降、拡大傾向にある。(写真=PANA)

こうした連立方程式を解く努力を怠ったまま、「高度な技術を持ちながら、自社の事業が成長しない」とぼやく。さらには「人口減とデフレの進む日本では、それも仕方がないのだ」と考えてしまう。皆さんの会社では、このような病理が生じていないだろうか。もしそうなのであれば、自社の顧客創造を阻害している要因は何なのかを真剣に検討してみるべきだ。日々のマーケティングにおける戦略的意思決定における優先順位の付け方、あるいはその背後にある企業組織の戦略や制度、構造、文化が、顧客創造に向けた組織の動きを阻害してはいないだろうか。もしそうなのであれば、調査手法やプロモーションのような、小手先の対処で問題が解決する見込みは少ない。顧客志向とは重たい課題なのだ。そして、この重たい課題に向き合うことを怠った企業が、顧客迎合に流されることによって、顧客志向の罠が生じるのである。

(図版作成=平良 徹 写真=PANA)
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