優良企業のシーゲイト社が苦境に陥った理由
当時のデスクトップ・パソコンのメーカーが求めていたのは、60MBの容量のハードディスクだった。しかし、新しい3.5インチのハードディスクドライブの利点は、小型軽量性、耐久性、省電力であり、容量については、わずか20MB程度だった。デスクトップ・パソコンのメーカーは、同時に1MB当たりのコストも重視していたが、この点でも3.5インチのハードディスクは5.25インチと比べて相当に割高だった。
最先端の技術はあるが、顧客はそれを求めていない。このジレンマのなかでシーゲイトの経営陣は、主要顧客の意向に合わない選択はできないと考えた。同社は、低コストでの大容量化の実現がより容易な5.25インチのハードディスクの開発に力を入れることになった。
その一方で、3.5インチのハードディスクの開発は、シーゲイトをスピンアウトした技術者たちを中心にした新興企業によって続けられ、やがて新たな市場が見いだされていった。どのような販売先があったのだろうか。それは、当時はまだ目新しかったポータブル・パソコンを手がけていたメーカーだった。現在のモバイルタイプやノートタイプのパソコンの前身となるような製品を手がけていた一群のメーカーである。
これらのメーカーがハードディスクに対して求めていたのは、軽量であること、小型であること、高い耐久性があること、そして消費電力が少ないことだった。これらの要件が満たされるのであれば1MB当たりのコストの高さはあまり問題視されなかった。
こうしてこの新興企業は、市場を獲得することでキャッシュを獲得した。そのため、さらなる開発投資を行うことが可能となった。そして、3.5インチのハードディスクの容量の増大と低コスト化が進み、3.5インチのハードディスクはデスクトップ・パソコンにも装着されるようになっていった。
なお、その後のシーゲイトは、果敢にM&Aを行うことで失地を回復していく。しかしそれは後日談であり、上述したプロセスにおいて、シーゲイトがせっかく成し遂げた技術開発の成果を事業化するチャンスをみすみす見逃し、自らの主要市場に強力なライバルを呼び込んでしまうことになったことは否定できない事実である。
クリステンセン氏は、この問題の原因は、「主要顧客の意向に合わない選択はできない」とのシーゲイトの判断にあったと指摘する。すなわち、顧客の声に忠実であることが、優良企業を苦境へと追い込んでしまったというのである。