企業が直面する2つのタイプの顧客とは
このクリステンセン氏の指摘から、私たちは何を学ぶべきなのだろうか。顧客志向は誤った経営思想だと考えるべきなのだろうか。
顧客志向の危うさについては、さらにジョージ・S・デイ氏が、次のような示唆に富む見解を提示している。デイ氏は、企業が2つのタイプの顧客に直面していることに注目する。第1は、企業が現在取引を行っている顧客(顕在顧客)であり、そして第2は、企業が現在は取引をしていないが、将来新たな取引が始まる可能性のある顧客(潜在顧客)である。前者は短期の企業経営に欠かせない顧客であり、そして後者は長期の企業経営を拡大する顧客である。
さて、この区分にしたがって、問題を見直すと、クリステンセン氏が指摘していたのは、「企業が、現在の取引先(顕在顧客)に気を取られるあまり、未来の顧客(潜在顧客)に目を向けないことから生じる弊害」だったことに気づく。
このような企業姿勢、さらにはその背後にある企業組織の制度や構造、文化の問題を、クリステンセン氏は指摘していたのである。つまり、クリステンセン氏が指摘していたのは、顕在顧客を志向することの弊害であって、潜在顧客を志向することの弊害ではなかったということになる。つまり、クリステンセン氏は、顧客志向を全面的に否定したわけではなかったのである。「顧客志向を、単なるきれいごとではなく、企業成長の本当の駆動力にしたい」。企業の経営者やマーケティング担当者がこのように考えるのであれば、顧客という存在の本来的な多様性に真摯に向き合わなければならない。顧客とは、顕在顧客だけではない。しかし「顧客」というと、常識的な企業人は、日頃取引のある顧客の顔を思い浮かべてしまうようだ。
しかしそこに留まっていては、企業は、自らの成長の機会を繰り返し見逃すことになりかねない。クリステンセン氏が戒めたのは、この顧客志向の誤用である。
さらに言えば、この顧客の多様性に挑むには、「顕在/潜在」という切り口以外にも、さまざまな切り口があることに目を向けるべきだろう。たとえば私たち大学人は、日々キャンパスを行き交う学生たちという「顧客」に接している。しかし彼らが、私たちが向き合うべき顧客のすべてかというと、そうではない。彼らのご両親、あるいは彼らを毎年大学へと送り出してくださる高等学校の先生方、さらには彼らを採用してくださる企業やNPOや官公庁の幹部や人事担当者の方々もまた、大学の重要な顧客である。