寿司店やイタリアンなど、どんな高級店にも共通のマナーがある。ノンフィクション作家・野地秩嘉さんの連載「一流の接待」。第6回は神楽坂のフレンチレストラン「ラリアンス」熊谷誠社長が語る「バーでの作法」――。
神楽坂のフランス料理店「ラリアンス」を運営する熊谷誠社長
撮影=門間新弥
神楽坂のフランス料理店「ラリアンス」を運営する熊谷誠社長

飲み会が消えた世代が続々と社会人に

コロナ禍で大学時代に飲み会がなかった人たちにとって、接待の会食はハードルが高いだろう。いったい、何を話せばいいのか。それとも沈黙を守っていてもかまわないのか。

熊谷誠氏の会社に昨年入社した長男、熊谷賢氏も、初めての接待で苦労したという。

賢氏はこう語る。

「いちばん最初の接待は、銀行幹部の方でした。私どもの会社にとっては融資をお願いしているお取引先です。緊張して何を食べたか、何を飲んだか、まったく覚えていません。

相手のお話を一所懸命記憶して、トイレに行くたびに箇条書きにしてスマホに打ち込みました。まだスマホに入れています。相手の方から質問されても、『はい、そうです』『いいえ、違います』とイエスもしくはノーとしか答えられなかったので、話がつながらず、いたたまれなかった経験があります。

初めての時ではないのですが、お相手がお年を召した方の時、歌謡曲の話になったのです。世代間ギャップがあり、お相手の方がおっしゃった歌手、曲ともに知りませんでした。あの時はどうしていいのかわかりませんでした。ただ、微笑んでいるしかありませんでした。ですが、同じようなことが起こるといけないので、以来、昭和の大ヒット曲をYouTubeで勉強して、今ではカラオケでも歌えるようになりました。昭和や平成の大ヒット曲は知っておいたほうがいいと思います」

目立とうとするくらいなら黙っていたほうがいい

おそらく、初めて接待をする人たちは熊谷賢氏と同じ体験をするだろう。だが、みんなそうだ。現在、接待王と呼ばれ、達人になった人でさえ、初めての時はぎこちなく、面白い話もできなかったはずだ。しかし、それでいい。面白い話をしなくても、人柄は伝わる。ずっと黙っていて、あいさつだけしていればそれでいい。目立とうとして、しゃべりまくることのほうがいい結果にはつながらない。

熊谷賢氏に学ぶとしたら、接待する相手について情報収集をしておくことだ。いくつくらいの人で、何が趣味なのか。仕事ではどういった業績を上げた人なのか。グルメなのか、歌が好きなのか。一緒に会食をする先輩に聞いておくべきだろう。そうして、たいていのことは知っておいたうえで、でしゃばらず、しゃべらないこと。自分からしゃべるのは接待の場数を踏んで、慣れてからがいい。