外国ではチップを渡す文化があるが、日本にも同様の習慣がある。高級店や高級宿に通う人は、どんなふるまいをしているのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉さんの連載「一流の接待」。第8回は「由布院の旅館『玉の湯』オーナーが明かす、一流がやっていること」――。
由布院温泉「玉の湯」の桑野和泉社長
撮影=鍋田広一
由布院温泉「玉の湯」の桑野和泉社長

ひなびた温泉地が、世界有数の名所に

桑野和泉さんが社長を務めている玉の湯は大分県の由布院温泉にある。玉の湯は1953年、禅寺の保養所として大分県の由布院に開設された。当時、由布院は有名ではなかった。すぐ近くに有名温泉地の別府があったからだ。

別府の陰に隠れた、ひなびた温泉地だったのである。1971年、桑野さんの父親、溝口薫平氏たちがドイツの温泉地を視察し、由布院を静かな保養温泉の郷とすることを決めた。その結果、世界に知られる人気温泉地Yufuinとなり、今やインバウンド客が押し寄せるようになったのである。

玉の湯は敷地面積が3000坪、全室離れの客室が16棟ある。桑野さんは父親の跡を継いで2003年から社長を務めている。

温泉旅館の接待について、彼女の総論はこうだ。

「私はふたつのことだけ気を付ければ温泉旅館での接待はうまくいくと思います」

旅館の本質とは、食事でも温泉入浴でもない

「ひとつは旅館の使い方が上手なお客さまの楽しみ方を真似ることです。私が知る限り、うちの常連のお客さまは、みなさん、昼寝をされます。到着して、温泉に入リ、浴衣に着替えたら、ばたん、グーと寝てしまう。昼寝から起きて散歩をして、汗を流したら、また、ばたん、グー。夕食までの間に2度くらい、寝ている方もいます。私が見ていても気持ちよさそうです。温泉に入ると、おだやかになってよく眠れるのでしょう。温泉旅館のそういった使い方を接待する相手の方に教えてあげればいいのではないでしょうか。温泉旅館のいちばんのサービスはやすらぎです。ぐっすり眠るための場所なんです。

ふたつめは仲居さん、料理人などうちの従業員を味方にすることです。旅館で働く従業員はうちだけではなく、みんな『お客さまのために、何かお役に立ちたい』と思って働いています。ですから、何でもおっしゃってください。こういうものが食べたい、ああいうところへ行きたいといったことは仲居、フロントに伝えてください。できる限り話を伺ってお役に立ちます」

桑野さんの話はどちらも重要だ。旅館の本質とは食事、温泉入浴ではない。旅館は眠るための場所だ。温泉、食事は眠るための装置で、いい旅館ほど部屋のインテリア、寝具、照明を研究して質のいいものを用意している。つまり、旅館の本質はぐっすりと眠ることだから、接待の際は「眠ることを楽しんでください」と伝えることだ。加えて部屋、寝具、照明について説明するといい。そして、翌朝、「どうですか。ちゃんと眠れましたか?」と聞く。

玉の湯の客室
撮影=鍋田広一
玉の湯の客室