「サピ疲れ」する親子たち

――偏差値を重視する教育を選んだ親子には、どのような問題が起こることがあるのでしょうか。

親御さんは学校からも塾からも煽られるので、塾から帰ってきた子どもを夜中まで勉強させます。宿題も膨大に出されるので、課題のことだけで頭がいっぱいになり、子どもを観察する余裕がなくなった結果、子どもの身体が発しているSOSにも気づけなくなる。

塾に強いられた過酷な環境によって親子ともに疲弊することを、有名な進学塾の名前をもじって「サピ疲れ」と呼ぶそうです。サピ疲れから逃れた親御さんは「あんなにクレイジーな場所に自分の子どもを行かせていたなんて」と言いますが、渦中にいると気づけないようですね。

バイリンガル教育は子どもの脳への負担が大きい

――本書では、脳科学の理論から見た、早期のバイリンガル教育の問題点についても触れられていました。どのようなところに問題があるのか教えてください。

日本語と外国語の両方を均等に扱えるならば、それは学業や仕事に生かせる素晴らしいことだと思います。ただ、脳科学の専門家である私からすると、それは非常に稀なケースです。

写真=iStock.com/BlessedSelections
※写真はイメージです

少し専門的な話になりますが、言語野という側頭葉の言語機能を司る場所があります。幼少期から母語と第2言語に接する中でバイリンガルに育った人の脳では、2つの言語を司る側頭葉の言語領域がより接近していて、2つの言語を極めて自然に行き来して使えるようになることが証明されています。

しかし、これがうまくできない極端なケースでは、第1言語は左脳で、第2言語は右脳で、というように処理する部位が大きく離れてしまうことが報告されています。そうなると、英語で考えたことをスムーズに日本語に言い換えることが難しくなり、母語で習得する学習の場面で内容を理解することができなくなるかもしれません。リスクを冒してまでやる必要はないというのが私の考えです。

――母語での理解がスムーズに進まないとなると、本末転倒ですね。

おっしゃるとおりです。そもそも、母語である日本語を習得するだけでもすごいことなんですよ。周りの人間が喋っている様子をじっと見て、口の動きを見ながら音の出し方を練習して、「この人と通じ合いたい」と思う一心で、言葉を発してコミュニケーションをとろうとする。こんな奇跡に近いことを2つの言語で同時に行おうとしたら、子どもの脳にとって負荷が大きくなると言わざるを得ません。

まずは、1階の母語で土台をしっかり作る。そのうえで2階に外国語での言語形態を組み立てていかないと、多言語習得は難しいと思います。