60歳になったらMCIに注意

認知症にはなっていないが、健常ともいえない状態を軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)といいます。認知症の一歩手前の状態であり、医療機関でMCIと診断された人が認知症になるのは1年で1割前後といわれています。25年に65歳以上の認知症の有病者数は約700万人になると推計され、その予備群であるMCIとなると相当の数になると推測できます。

私は、60歳になったらMCIに気をつけるべきだと考えています。特に、他人の意見に耳を傾けず自分の意見を曲げない人や、怒りっぽい人は認知機能の低下が始まっている可能性があります。眠らないことを自慢したり、「昼寝は怠け者の習慣」と古い価値観で生きている人も、アミロイドβが蓄積しているかもしれません。

当クリニックでは「活動計」と呼ぶ精密センサーを内蔵した小型デバイスを使って患者の活動量を検査しています。検査結果はグラフ化され、一日の姿勢、歩数、活動カロリーなどの推移から、睡眠状態と覚醒状態を推測することができます。健康な人は日中と夜間の活動量の差が大きく、引きこもりの人は一日を通して活動量が少ないのでグラフにメリハリがありません。認知症の人のグラフも平坦で、外出せずに一日中家で過ごしている様子が窺えます。

また、眠っていたと思っていても実際は目が覚めていたとか、眠れなかったという時間帯も実際は眠っていたということはしばしばあります。患者の「眠れない」という状態を客観的に把握することで、安易な睡眠薬の処方に歯止めがかかるはずです。

日々の睡眠は睡眠日誌で管理することができます。また、睡眠アプリで睡眠の状態を大まかに観察することはできますが、レム睡眠とノンレム睡眠の推移がわかるほど精密なものではありません。自分の眠りの経過を見ることに集中しすぎるあまり、不眠になるリスクがあります。これはオルソソムニアといわれ、不眠をもたらす現代病として注目されています。

危険な睡眠薬と安全な睡眠薬

睡眠薬は不眠の状態が正しく診断されたうえで適正に処方されないと、睡眠が改善しないばかりか、薬物依存などを引き起こし、健康を害する危険性をはらんでいます。

中山明峰 Meiho Nakayama MD., phD. めいほう睡眠めまいクリニック院長。1988年愛知医科大学大学院卒業・医学博士修得。名古屋市立大学病院睡眠医療センター長。21年より現職。著作に『60歳からの認知症にならない眠り方』など。

日本で長く使われてきたベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬は麻薬類似薬とされ、WHO(世界保健機関)は精神治療薬以外で安易に使用しないよう呼びかけています。また、ベンゾジアゼピン系製剤は認知機能障害を引き起こしやすく、長期間の投与で睡眠が悪化することが知られており、国も使用について注意を促しています。

現在、睡眠薬として安全に使えるのはメラトニン受容体作動薬とオレキシン受容体拮抗薬です。依存性の心配がなく、自然な眠りを誘発する薬剤として安心して使うことができます。

睡眠障害があると認知症のような症状が見られることがあります。認知症の治療を受けている患者の中に、実は認知症ではないケースがあるかもしれません。睡眠障害の人に認知症治療薬を投与しても無効であるばかりか、逆に健康を損ねる可能性があります。私は日常臨床の中で、MCIになる前の段階で睡眠を整えるだけで認知機能が正常に戻った症例を数多く経験しています。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年7月5日号)の一部を再編集したものです。

(構成=宇佐美拓憲 図版作成=大橋昭一)
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