さらに、繁殖期の半ばにあたる3月までに採取されたサンプル中には、未成熟オスが存在していました。その特徴は、誕生日は3月29日から7月18日までとペアオスと大きな違いはありませんでしたが、身体はスニーカーオス程度でペアオスよりは小さなサイズでした。この結果は、観察された誕生日の早い未成熟オスは、体のサイズではスニーカーオスに達していますが、すでにペアオスになる運命をたどっているため、スニーカーオスとはならずに成熟過程にあると考えられます。

次に、平衡石の大きさと体のサイズとの関係式を用いて、何日齢の時点でどれだけの体サイズであったかを推定する「バックカリキュレーション法」を用いて、各個体の過去の成長履歴を算出しました。

すると、生まれた時期が異なっても100日齢までの成長には差がなく、成熟期に繁殖戦術間で見られる「ペアオスの体が大きく、スニーカーオスは小さい」というサイズの差異は、生後100日以降に生じていることが明らかになりました。

研究チームによると、これらの結果から、ヤリイカは父親の繁殖戦術を単に継承したり初期段階の成長の良し悪しでサイズに差がついたりすることで各個体の繁殖戦術が決まるのではなく、誕生日に由来する何らかの環境条件が「ペアになるか、スニーカーになるか」を決定していることが示唆されました。ただし、それがどのような環境要因なのかは今回は明らかになっておらず、さらなる実証実験が待たれるところです。

気候変動が海洋生物に与える影響の予測に役立つ可能性も

この研究は、「誕生日仮説」が魚類以外の幅広い生物種にも当てはまる可能性を示しました。さらに、ヤリイカの代替繁殖戦術のメカニズム解明というある1動物種を深堀りしただけでなく、気候変動によって孵化時期の水温などの環境が変わると、海洋生物の繁殖戦術や動物種の集団の成熟組成に影響しかねないことも示唆しています。逆に考えれば、イカの仲間の中でも高緯度まで広く分布しているヤリイカのペアオスとスニーカーオスの集団組成を年毎に追えば、気候変動が海洋生物に与える影響の予測に役立つかもしれません。

誰もが知っている海産物のヤリイカですが、寿命が1年とか、生まれた時からメスへの近づき方が決まってしまっているオスの生態を知って、かわいそうな運命だと同情した人も多いかもしれません。それにしても、喧嘩の強さを魅力とするペアオスも、頭脳戦で何とか子孫を残そうとするスニーカーオスもどんと来いで、生涯に1度の繁殖期にどちらの子供も多量に作るメスの逞しさは印象的ですね。

当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
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