孤独死、絶望死、病死、事故死、自死、他殺……人生100年と言われる今、私たちが死を恐れる感情はどこからくるのか。哲学者や解剖学者、憲法学者、僧侶など各界の28人の碩学が寄稿した『「死」を考える』(集英社インターナショナル)はいわば、死の授業。今回は、東京大学定量生命科学研究所教授の小林武彦さんの考察を前後編の2回に分けてお届けしよう――。(前編/全2回)
赤ちゃんから老人まで、男性の一生のイラスト
イラスト=iStock.com/A-Digit
※イラストはイメージです

生物の死と老い

死というものがなぜあるかといえば、それが生物の持っているプログラムだからです。

生物の誕生に大きな役割を果たしたと考えられるRNA(リボ核酸)と呼ばれる物質は、単純な構造で、生物ではないのに自己複製でき、また変化していろいろな種類のものを作り出す能力を備えていました。RNAは壊れやすいため、作っては壊れ、壊れてはまた作り直すということを繰り返してきましたが、そのうちに自然に効率よく増えるものが残ってきました。結果的にそれが進化のプログラムだったのです。

「変化」していろいろなものができる。そして、その環境に適したものが「選択」的に生き残る。この「変化と選択」が進化のプログラムです。これがたまたま、地球で動き始めたんですね。適したものが生き残り、そうでないものは壊れる。この「壊れる」ということが死の始まりです。

「変化と選択」の繰り返しが生物の進化のプログラム

RNAや、タンパク質の材料となるアミノ酸などは、原始の地球の熱水噴出孔のようなところで化学反応により生まれたと考えられています。そして、RNAはアミノ酸をつなげてタンパク質、スライムのようなドロドロした塊である「液滴えきてき」を作るようになりました。

これは生産効率のよいRNAの自己複製マシーンなのですが、その中に偶然、「袋」に入るものが出てきます。液滴は化学反応が起こりやすい水溶性で、袋は水に溶けない脂溶性。この袋の中ならば、より安定した環境で自己複製でき有利です。効率よく自己複製するその袋入り液滴が、徐々に増えて支配的になり、やがて袋ごと増えるようになり、最初の細胞の原型になっていったと考えられます。

DNA(デオキシリボ核酸)はRNAの材料である糖の種類が変化してできました。DNAの方が安定しており壊れにくいので、それもまた変化と選択で、DNAがRNAに取って代わり遺伝物質になっていったのです。

細胞が誕生してからも、変化と選択は繰り返されます。はじめは単細胞生物。そのうちに単細胞がいっぱい集まって、それぞれが分業するようになる。これが多細胞生物です。多細胞化した方が生き残りやすかったものもいたのでしょう。