つまり、体内受精するペアオスはライバルと戦うというリスクがありますが、体外受精するスニーカーオスは精子が水中で拡散してしまうことや卵に出会える確率が低いことなど、ペアオスとは違った繁殖リスクを負います。ちなみにヤリイカのメスは、繁殖期を通じてペアオス、スニーカーオスの両方の精子を蓄え、産卵時には両方の精子の混合物を使用して卵を受精させます。

今回、研究チームは、ヤリイカのオスがペアとスニーカーのどちらの戦術をとるかは、誕生日(孵化日)によって決まることを明らかにしました。

動物種には孵化日によって繁殖戦術が決定されるものもあるという“誕生日仮説”は、1998年に進化生態学者のタボルスキー博士によって提唱されました。

繁殖期が長い動物種は、その期間中に季節が変化するなど環境条件が変化するので、個体の誕生日によって、生まれてから繁殖期を迎えるまでの成長期間や、生まれた直後の成長条件が異なると考えられます。なので、この違いが繁殖開始時の成熟サイズの違いとなり、ひいては繁殖戦術に影響する可能性が考えられます。

なぜ誕生日が分かる?

これまでに「誕生日仮説」が実証されたのは、コクチバスなど魚類3例のみです。本研究ではこの仮説が無脊椎動物においても成り立つことを初めて示しました。

研究者たちは、ヤリイカの代替繁殖戦術に誕生日仮説が成り立つかを検証するために、「平衡石」と呼ばれる器官を観察しました。平衡石は、炭酸カルシウムを主成分とした硬組織で、イカ類の頭部に一対あります。木の年輪のように毎日1本の成長輪紋が作ることが特徴で、この本数を数えれば採集時の個体の日齢が分かるため、さかのぼれば誕生日も知ることができます。

年齢分析をするために、宮城県沖で繁殖期を中心とする様々な時期に定置網や底引き網でヤリイカのオス201頭(ペアオス97頭、スニーカーオス38頭、未成熟オス66頭)を捕獲して調査しました。その際、精莢が発達していなければ未成熟オス、精莢が長くロープ状ならばペアオス、短くドロップ型ならばスニーカーオスと判別し、それぞれの推定年齢(日齢)と誕生日を確認しました。

すると、推定年齢はペアオスが187~381日、スニーカーオスが167~295日でした。一方、捕獲日と捕獲時の年齢から逆算した誕生日は、ペアオスが4月11日から7月23日で平均日は6月4日、スニーカーオスは6月2日から8月24日で平均日は7月14日でした。つまり、早期に孵化したオスはペアオスになりやすく、遅れて孵化したオスはスニーカーオスになる傾向がありました。