「体面」を保つためにも、計画を進めるしかなくなる

無事契約締結と相成れば、次のステップは「地面にシャベルを入れる」ことだ。それも早急に。「とにかく始動させることが肝心だ」とウィリー・ブラウンは書いている。「地面を掘り始め、巨大な穴を開ける。そうすれば、穴を埋めるカネを用立てるほかに方法はなくなる」

こうした物語は、ハリウッドにも昔からある。「私の取った戦術は、新手の映画を制作する監督の常套手段だった」と、映画監督のエリア・カザンが、1940年代末にコロンビア・ピクチャーズに映画の企画を売り込んだ方法について──引退後に──書いている。

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「作業を開始し、俳優と契約を結び、セットをつくり、小道具と衣装を集め、ネガを焼いて、スタジオを深入りさせる。いったん大金をつぎ込んでしまえば、ハリー〔・コーン、コロンビア・ピクチャーズ社長〕はわめき散らすしかなくなる。撮影を何週間も進めたあとで制作を中止すれば、損失を回収できなくなるからだ。それはカネだけじゃない、『体面』の問題でもある。とにもかくにも撮影を始めてしまうことが、私のねらいだった」

スタジオを倒産に追い込んだ映画『天国の門』の悲劇

この戦術は、伝説的映画スタジオのユナイテッド・アーティスツ(UA)でも取られた。1970年代末、新進気鋭のマイケル・チミノ監督は、ワイオミング州を舞台に『アラビアのローレンス』風の叙事詩的西部劇、『天国の門』を撮りたいと考えた。

コストの見積もりは750万ドル(2021年の約3000万ドルに相当)。当時の映画制作費としては高額だが、大作映画としてはあり得ない金額ではなかった。UAはチミノから公開スケジュールを守るという言質を取り、契約を結んだ。

制作が始まった。最初の6日間で、すでに5日の遅れが出た。チミノは1万8000メートルのフィルムを回し、90万ドルかけて現像したが、「そのうち使い物になったのは1分半ほど」だったと、映画を統括したUAの幹部スティーヴン・バックは書いている。

この本、『ファイナルカット 「天国の門」製作の夢と悲惨』は、ハリウッドの映画制作に関する、最も詳細かつ最も衝撃的な考察である。UAはこの時点で警戒すべきだった。撮影開始後たった1週間でここまでの遅れが出たことから、当初の計画がまったく当てにならないことはわかったはずだ。