褒めることが気配り人間育成の近道

時に人は「これをしたらゴマすりと思われるのでは……」と考え、躊躇してしまうことがある。それは「自分がよく思われたい」という気持ちがどこかに潜んでいるからなのだ。そうした邪な気持ちは自然と相手に伝わり、「下手なお世辞はいらない」と拒絶されてしまうのがオチ。真剣に相手のことを思っているのなら、そんな“ゴマすり型気配り”など起こりようがないはずだ。

そこで、おべっか人間と誤解されないようにゾムの松下信武さんが勧めるのが「エグゼクティブ・アテンション・システム」の活用である。これは自分の意識の焦点を別なところに移す能力。営業成績のことが気になるセールスマンほど、なんとか顧客に取り入ろうと考えてしまう。「そこで顧客の会社を訪れたら、まず『ちょっと待て』と一言自分にいい聞かせ、『お客さまのメリットは何か』に意識の焦点を合わせます。簡単なことですが、意外と効果は大きい」と松下さんはいう。

同じように、ビジネスの現場ですぐ実践可能な部下に対する“気配り指南”として、何かよい方法はないのか。心理学者の伊東さんにアドバイスを求めた。

すると伊東さんは、「まず『おまえ、もっと気配りしろよ』と一方的に攻め立てることが最悪のNGと心得てください」と釘を刺すことから始めた。確かに、無自覚の部下にそういったところで、どうしていいのか右往左往するだけ。問題の解決にはつながらない。でも、その禁句に心当たりのある上司は多いはずだ。

伊東さんも会社勤めをしていた際に、部内の宴会で「水とお湯を用意しておきました。どちらで焼酎を割りますか」と上司に尋ねたところ、「気が利かない奴だ」といわれて戸惑ったことがある。そんな経験があるだけに伊東さんは、「怒鳴る前にまず子どもに教え込むように、どういったことが気配りなのか具体的に示してあげることが重要なのです」と声を大にして語る。

会社まで駅から歩いて10分かかる。北風が吹くなか訪問していただいたお客さまには、応接室にご案内してから3分以内に熱いお茶を差し上げる。会議でなかなか意見が出てこずに進行役の上司が困っていたら、恥をかいても構わないくらいのつもりで自分の率直な意見をいってみるなど、1つひとつ教えていく。

また、伊東さんは「気配りができたら褒めてあげることも大切です」という。見返りなど期待してない普段の気遣いであっても、何のリアクションもなければ、次第に精神的な疲労感を覚えて行わなくなってしまう。そこで上司が「いいことをしたね」と評価してあげれば、冒頭で錦織さんが指摘していた自己効力感もアップし、さらに気が利く人へ育っていく。こうしたことを心理学の世界では「条件づけ」と呼ぶそうだ。

気が利く人になれるかどうかは、部下本人の自覚もさることながら、周囲の指導やサポート次第のところもある。「どうせあいつは」などと匙を投げてしまう前に、これまで紹介してきたことに取り組んでみてはどうだろう。

※すべて雑誌掲載当時

(若杉憲司=撮影)
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