人員も限られる中、とてもこんなやり方では間に合わないと機械を導入。現在は特注の播種機で種をまいている。5年ほど試行錯誤を繰り返して、ようやく安定的な栽培方法を確立した。

撮影=プレジデントオンライン編集部
訪問した時はあいにくの雨。軽トラックに刈り取ったホウキモロコシを積んでいく

高倉工芸だけが生き残った

ゼロからのスタートだったため、とにかく設備投資が大変だったと高倉社長。例えば、収穫したホウキモロコシを乾燥させるにも、創業時には専用の場所がなかったため、今まで使っていた豚小屋の屋根の上に並べて天日干しにしていた。ただし当然のように、雨風の影響をもろに受けるから、常に見張っている必要があった。それでは埒があかないと、資金を投じてビニールハウスを改良したような乾燥施設を作った。

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ホウキモロコシの穂先

そこでの乾燥が終わると、ホウキモロコシの選定作業を2カ月ほどかけて行う。

「1回では終わりません。縮れの良し悪しを何度も比べます。縮れの悪いものを外して、縮れの良いものを残し、さらにそこから縮れの強いものを絞り込んでいきます。最後に残ったものが15万円、あるいは100万円といった高価格の箒の材料に使われます」

栽培から製造までの一連のサイクルを作り上げるまで5年、10年とかかった。

かつて開かれた村内での講習会後、箒作りをしていた農家もあったが、今では高倉工芸だけ。ここまで辛抱強く続けるには覚悟はもちろんのこと、それなりの投資も必要である。そうした壁を目の前にして心が折れてしまった人たちが大半だったという。

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刈り取ったホウキモロコシを選別するスタッフ。大きさ、長さ、縮れ具合を1本ずつ確認する
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選別したホウキモロコシの束を脱穀機にかける
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年季の入った脱穀機はいまだ現役