※本稿は、鈴木宣弘『このままでは飢える! 食料危機への処方箋「野田モデル」が日本を救う』(日刊現代)の一部を再編集したものです。
「1億円プレーヤー」の生産者が現れはじめた
肥料や農業資材、エネルギー……、ありとあらゆるコストは上がるが、大手流通が支配する市場構造の下、小売価格は上がらない。だから農家は儲からない。それどころか生活すらままならない。
そうして誰も跡を継がず、生産者が減る。命を守る食料のはずなのに、外圧に負けて輸入自由化だけを進め、国内生産の苦境に手を差し伸べない。結果、自給率は下がる一方――。
そんな悪循環に陥ってきた日本の農業の現状を変えることはできるのか――。
処方箋を発見した。
和歌山県で「1億円プレーヤー」の生産者が現れはじめたのをご存じだろうか。
農林水産省がまとめている営農類型別経営統計(令和3年)によると農業で生計を立てている主業経営体の農業粗収益は1638.8万円(農業所得は433.5万円)。そんな中、和歌山県ではなぜ1億円に達するような売り上げを誇る農家が増えているのか。
和歌山の名産、梅を生産する中直農園の中山尙さんも1億円プレーヤーの一人だ。梅のほかにミカンも栽培する代々農家の家系だが、売り上げを伸ばしたのは現在の尙さんの代になってからだ。
画期的な農産物流通の仕組み「野田モデル」
きっかけは、ある画期的な農産物流通の仕組みに乗ったことだった。
既存の農産物流通では農家は農協を通じて作物を出荷するのが一般的だが、いま中山さんはそれ以外のルートで7割の売り上げを稼ぐ。
このルートは売り上げだけでなく、経費などを引いた利益も格段に大きいという特色もある。そのおかげもあって、家族経営で細々と、というイメージとは無縁の「成長産業としての農業」を謳歌している。
この農産物流通の仕組みを私は「野田モデル」と名付けた。
「野田」というのは、この仕組みを考案し、実践した野田忠氏の名前から取ったものだ。野田氏は1936年(昭和11)の生まれでとっくに傘寿を超えている。とても穏やかでスマートな人だ。若い頃には苦労もされた野田氏については章をあらためて詳述するが、この仕組みを踏襲、実践する動きが広がれば日本の農業は復活すると確信するに至った。
「野田モデル」とはどのようなものか。私は何度も現地に出向き、謙虚に語る野田忠氏の話に耳を傾けた。