国の「保護農政」が農業の魅力を失わせてきた
農業の生産性を上げ、働きたいと思えるような待遇を用意する。日本の農業はこれを長年実現できてこなかった。最大の原因は、零細な農家の離農を食い止める「保護農政」が取られてきたからだ。
先進国は商工業で培った豊富な資本を農業に投じることができる。それによって農業でも技術革新が起き、生産性を高めてきた。
ところが、日本では農業の生産性を高めて農家の所得を上げるのではなく、農家が日雇い労働や会社員、公務員などを主な収入源としつつ、就業時間外に農作業をこなす兼業化が進んだ。農業以外で稼いでいる兼業農家は、生産性を高める意欲は乏しくなる。
さらに拍車をかけたのが、農水省や都道府県、市町村、最大の農業団体であるJAなどだ。農業を保護すべき対象とみなし、稲作を中心に補助金や交付金などの財政出動を盛大に行った。
こうした保護農政は農業の魅力を損なわせ、結果として多くの農家を後継者や働き手の不足に陥らせている。高い関税や、農産物の価格を意図的に高止まりさせる価格支持により、収益性の低い農業を手厚く守る。そんな初期の目的とは裏腹に、現実には農業の生産性を低いままに保つという負の効果を発揮してきた。
いまや「農業の成長産業化」という積年の宿題に取り組むことが、待ったなしの状況になりつつある。
人手不足解消の道は「労働条件改善」以外にない
有識者会議は今秋をめどに最終報告書をまとめる。政府は24年にも法案を国会に提出する見込みだ。
野村哲郎農水相は4月11日の記者会見で、「我々としても農業会議所の方ともよく話をしてみたいと思います」と全国農業会議所との対話に言及した。同会議所は全国に置かれる農業委員会の全国組織で、技能実習制度を農家に紹介したり、技能実習生を評価する試験を運営したりしており、有識者会議の委員でもある。
おそらく、農水省としては農業現場を混乱に陥れないよう、転籍の許容範囲を狭めるといった調整に努めることになるかと思う。対症療法としては正しい選択だろうが、長期的に見れば、農業を稼げる産業にするということ以外に人手不足を解消する方策はない。
そのためには、総産出額が9兆円を割り込んでいる農業生産の枠内にとどまるのではなく、90兆円規模の食品産業と積極的にタッグを組むことが重要だ。農産物を単なる原料として売るのではなく、加工や流通、小売りといったサプライチェーンの各領域のプレーヤーと連携して、最終的な消費形態に合わせて供給し付加価値を生む。こうして付加価値をつないでいくことは「フードバリューチェーン」と呼ばれる。
生産者が、コンビニエンスストアに商品を納めるベンダーや外食チェーン向けに契約栽培をしたり、商品開発に参画したりといった事例が増えている。そうしてフードバリューチェーンを構築することが、農家の所得向上につながり、最終的には農業現場の待遇向上にもつながる。
人口減少が進み、外国人も含めて売り手市場に傾斜していく。その流れのなかで、他産業に劣る労働条件を「農業だから」と言い訳することは年々難しくなる。他産業並みの待遇を用意し、人手不足と無縁の経営をする農業法人も出てきた。農業の所得を上げ、労働条件を改善する以外に、人手不足を解消する道はない。