「今回の人生はこのままでいいや」と結論づけていないか

「仲よき事は美しき哉」

文豪・武者小路実篤の言葉です。たしかにそうでしょう。けれども主語が「仲よくしなければならない事」となったら、それでも美しいでしょうか。

「すべき」「ければならない」といった強制は決して美しいことではありませんし、当然のことながらとても不自由なことです。

これは夫婦、恋人、友人、上司、同僚などあらゆる人間関係にいえることでしょう。ことに夫婦関係に「仲よくすべき」という強制が加えられたら、とても悲惨なことになってしまいます。

戦国大名同士の政略結婚は別ですが、恋愛結婚であれ、見合い結婚であれ、もともとお互いの自由な意志で結婚という選択をしたわけですから、はじめは「美しき哉」という関係だったはずです。

しかし、ともに生活する中でさまざまなシーンで「仲わるき事」が生じてくるわけです。そして、3組に1組の夫婦は離婚という選択をします。では、ほかの夫婦は「仲よき事」といった関係を取り戻せるかというと、必ずしもそうではありません。

お互いにギクシャク感、不快感を覚えながらも、「仲よくしなければ」ともがきます。そして、一緒にいることのマイナス面と別れることのマイナス面を秤にかけて、一緒にいることを選択するわけです。

つまりはこうです。

別れるデメリット>一緒にいるデメリット

けれども、そうした夫婦関係を続けていくうちに、この図式は変わっていきます。

二人の間にあったギクシャク感、不快感が消えてしまうこともあります。あるいは、消えはしないものの、もはや秤にかける必要がないほどに、ギクシャク感、不快感が小さくなっていくケースもあるでしょう。

「今回の人生はこのままでいいや」と諦念というか、妥協というか、達観というか、そう結論づけてしまうわけです。世の夫婦の多くはこうした選択をしているのだと私は感じます。

対立、憎しみが生まれる前に

とくに年月を重ねると、お互いに新しいライフスタイルを選ぼうという精神的パワーがなくなります。平たくいえば「面倒くさい」のです。それはそれで非難されるべきことだとも私は思いません。

しかし、いつまでたってもギクシャク感、不快感が消えず、それどころかそれがますます膨らんでいくケースもあります。お互いの間に芽生え、成長し続けるこうしたマイナスの感情はあるとき、「変異」してしまうことがあります。

ギクシャク感→対立

不快感→憎しみ

感情であれ、なんであれ、量的な蓄積は質的に変化してしまう傾向があるのです。小さな傷でも手当てをしなければ傷口が開いて化膿しますし、小さな潰瘍でも放っておけばガンになることもあるでしょう。

別れるデメリット<一緒にいるデメリット

こういう夫婦関係なら、別住や離婚という選択を考えるべきかもしれません。夫婦間のこうしたギクシャク感、不快感、別な言葉で表現すれば「齟齬」は、ほとんどの場合、どちらが悪いという問題ではありません。どちらも悪くないのです。

齟齬とは、本来一致するはずの両者がうまくかみ合わない状態です。一致するはずだった結婚生活のリズムが崩れ、音色が調和しなくなったわけです。

弘兼憲史『弘兼流 70歳からのゆうゆう人生「老春時代」を愉快に生きる』(中央公論新社)

ですから、白黒つける性質のものではありません。泥仕合になる前にそれぞれの道を歩むことがお互いの幸福のためなのです。

「別れる事は美しき哉」

そういう選択も大いに結構なことだと私は考えます。

武者小路実篤はこんなこともいっています。

「君は君、我は我也。されど仲よき。色と言うものはお互いに助けあって美しくなるものだよ。人間と同じことだよ。どっちの色を殺しても駄目だよ。どの色も生かさなければ」

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