一夜にして世の中ががらりと変わったのを見た

言葉は意識中心の世界が生み出したと述べたが、空気や呼吸といった感覚で大事なことが決まる仕組みが良い場合もあるはずである。どちらが良いかは、時と場合による。少なくとも言葉の世界が、何にもまして高尚とは限らない。

養老孟司『まるありがとう』(西日本出版社)

あまり意味を考えてはいけない、理屈にしない方がいい場合もある。「雰囲気」とは、そういうことである。現代人は理屈に合うものが正しいと信じているが、人間そのものが元来、理屈にあったものではない。だいたい、どうして虫なんか調べるんですかと聞かれても、説明できないではないか。大切なものほど、言葉になんかできないのである。

私には、戦後の日本人が民主主義、自由主義を本気になって受け入れたと思えない。日本に西洋で発生した理想主義が本当の意味で根付くのか。平和、人権、民主主義と声高に叫んでいる人を見ると、「あんた、本気で言ってるの?」と言いたくなる。決して揶揄ではない。そういう人ほど言葉に依存している、つまり意識の世界にいるからである。

時代が酷くなったら、おそらく人権や平和、民主主義を強く叫んでいる人から順番に壊れていく。一番大きな理由は、先ほど述べた敗戦の体験である。1945年8月15日、一夜にして世の中ががらりと変わったのを見てしまったからである。

(構成=大津薫)
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