カルト集団はどんな手段で仲間を増やすのか。ジャーナリストの江川紹子さんは「カルトは正体を隠して近づいてくるため、騙されていることに気づくのは難しい。『自分は大丈夫』と考えないほうがいい」という――。
※本稿は、江川紹子『「カルト」はすぐ隣に オウムに引き寄せられた若者たち』(岩波ジュニア新書)の一部を再編集したものです。
『日本書紀』にもカルト集団が描かれていた
カルトは、どの時代や社会にも現れます。
日本最古の正史『日本書紀』にもカルトらしき集団についての記述があります(現代語訳は筆者による)。
「皇極天皇三年(644年)七月、東の国富士川のほとり(今の静岡県)に現れた、大生部多が、人々に虫を祀るよう勧め、「これは常世の神である。この神を祀るものは、富と長寿が得られる」と言った。巫女たちも神のお告げと偽って、「常世の神を祀ると、貧しい人は富を得、老人は若返る」と語った。これはどんどん広まり、人々は家の財宝を投げ出し、酒を並べ、野菜や六種の家畜(馬・牛・羊・豚・犬・鶏)を道ばたに並べ、「新しい富が入ってきたぞ」と連呼した。都でも田舎でも、常世の虫をとって安置し、歌い踊って福を求め、財宝を投げ出したが、何の益もなく損ばかりが極めて多かった」
民が惑わされているのを見かねて、聖徳太子の側近秦河勝が大生部多を成敗した、とも書かれています。この虫は、橘や山椒の木につき、体長12センチ強ということなので、アゲハチョウの幼虫と考えられています。
現代でも、オウムのほかに、先祖の因縁や霊の祟りを騙って、印鑑や壺を始め色々な商品を高く売りつける霊感商法や、教祖が女性信者に性的奉仕をさせたり、あるいは病気の人に適切な治療を受けさせず死なせてしまったりする宗教団体がたびたび問題になってきました。