「店をやってみたうえでの実感かな」
「朝早いし夜遅いし、決して楽な商売じゃないですからね。しかも何が売れるかなんて読めない。一年くらいは客が来なくてもどうにかなるだろうっていう気持ちがないと、やってられないと思いますよ。でも必死でやってるうちに、借金の返済と忙しさに追いかけられて、何がしたいかわからなくなっちゃうんです。すごくよくわかります」
黒田は苦笑いしながら、だからこそ大事なのは経営理念だといった。
何をしたいのかという軸がないと、継続していくことはできない。そこまで考えずにこの業界に参入すると、失敗するしかないのではないか。
料理が好きとか、食べるのが好きというだけでは、飲食店はむずかしい。何年続けることができるかというプランと、体力が必要だ。ただ気をつけなければいけないのは、経営理念は理想ではないことだ。求められるビジネス形態はどんどん変化している。
それはコロナ禍を通じて、黒田が一番実感していることだった。
目指していた行列は回避すべきものになり、料理は店に行かなくても味わうことができる。焼き麺スタンドでは、店内で食べるよりテイクアウトやウーバーの売り上げのほうが大きくなっている。客の喜ぶ顔は想像するしかない。
ある意味でそれをいっそう推し進めたのが、バナナジュースといえるだろう。
もはや飲食店で、テーブルは必要ないかもしれない
接客サービスをしないことで、飲食店経営におけるムリ・ムダ・ムラを極限まで排除している。売れなければすぐに切り捨てるという身軽さもある。求められるのは、流行で客を引き寄せるのではなく、客の習慣に入り込むことだ。
黒田が想像していた飲食店ビジネスとは、まったく違う世界を突き進んでいた。しかしこんなビジネスでなければ生き残っていけないほど、社会情勢は厳しかった。
もはや飲食店で、テーブルは必要ないかもしれない。自分ではじめてみなければ、この変化はわからなかった。
黒田はバナナジュースに商機を見いだし、のちに年商1億円を稼ぐジュース専門店に成長させていく。(続く)