「一番の問題は、店の目標を従業員と共有できていないことにあると思うんです。正直いうと、ぼく自身焼きそばが好きだったわけじゃないんで、焼きそばを食べに来る客が本当にいるのか不安で仕方なかったんです。店長が疑心暗鬼なんですから、目標なんて持てるわけないですよね。でもそれじゃダメなんです。発想を切り替えないと」
問題点がどこにあるかはわかっていた。より深いコミュニケーションを求めているのは、新米店長のほうだった。
粕谷が作ったという塩焼きそばに対する黒田の印象は、決して悪くなかった。以前神保町開店用に試作した塩焼きそばに比べて、スパイシーな味が新鮮だ。ソースに飽きた人には新鮮に映るかもしれないし、コスト計算も悪くない。
しかしそんなメニューでは太刀打ちできないほどの勢いで、新型コロナウイルスは広がっていた。
人件費を削り辛うじて店を守る日々
最悪期は、3月末から4月初旬にかけてだろうか。神保町は30食、下北沢は8食しか出ない日もあった。3月は下北沢で20万円程度、神保町で40万円程度の赤字に終わった。
4月のほうが売り上げは落ち込んでいるが、人件費を削ったので、損益はそこまで悪くない。神保町はランチが2人で夜はワンオペ、下北沢は1日ワンオペで回すことにした。コストをギリギリまで削減して、売り上げ減少に対応するしかなかった。
神保町は夜ほとんど客が来ないので、早く店を閉めるようになった。週末は様子を見ながらだが、土曜日は営業し、日曜日は閉めることが多い。仕込みの量を抑えているので、急に客が多く来店したときには、急いで追加の仕込みをする。
一方で、店を開けておくことの意味も感じるようになった。
あまりに多くの店が休業に追い込まれたため、どこにもランチに行けない人が流れてくるという現象が起きている。ランチの需給が一時的に崩れており、緊急事態宣言が出て以降のほうが、客足が伸びている印象がある。
黒田が意識する老舗やきそば店「みかさ」(東京・神保町)のような人気店は、ほとんど影響を受けていないという。このような時期にしか食べられないと考える客が集中しており、いまだに行列ができている。焼き麺スタンドには、まだそこまでの知名度がなかった。
激変する客のニーズへの気づき
しかし着実に変化が起きつつあることも、黒田は感じていた。
一つは飲食宅配代行サービスのウーバー・イーツや、テイクアウト需要の拡大だった。住宅地が近い下北沢はデリバリーのオーダーが増え、すぐに来店数を上回った。オフィスビルに近い神保町で多いのはテイクアウトだ。会社員が持ち帰って、オフィスで食事しているのだろう。減っているのは来店客であり、飲食に対するニーズは消えていなかった。