元大手証券マンの黒田康介さん(29)は、4年前に脱サラして東京・下北沢で焼きそば店を始めた。テレビ番組で紹介されるなど、そこそこの人気店となったが、開業1年ではまだ赤字だった。ところが、黒田さんは「神保町に2号店を開く」という。なぜ無謀な決断を下したのか。元同僚で、兼業作家の町田哲也さんがリポートする――。(第5回)
焼きそば店「焼き麺スタンド」ののぼりを掲げる黒田さん
写真提供=焼き麺スタンド
焼きそば店「焼き麺スタンド」ののぼりを掲げる黒田さん

赤字続きなのに…「脱サラ焼きそば店長」の無謀な決断

黒田が経営する焼きそば店「焼き麺スタンド」がテレビで紹介されたのは、2019年3月のことだった。赤字続きの個人経営店には効果は大きかった。

1日あたり40食程度だった平日の売り上げは80食近くまで伸び、週末は100食を超えた(図表1)。赤字続きの焼きそば店は、一時的に行列のできる人気店になった。

【図表1】1日あたりの売り上げ平均推移

特に大きいのがランチだ。1日の売り上げの3分の2は、正午から午後2時の間に集中する。4つに倍増させたコンロで下焼きを済ませておき、ランチタイムだけスタッフを増やした。

下焼きした麺。事前に準備しておくことで、提供するまでの時間が半減される
下焼きした麺。事前に準備しておくことで、提供するまでの時間が半減される(写真提供=焼き麺スタンド)

下焼きをしておくことで、焼きそばを作る時間はほぼ半分になった。フローを効率化させることで回転率を上げ、行列を見て客が帰ってしまうのをなるべく避けるようにした。その結果が数字になって表れた。

だが「特需」は1カ月も続かず、売り上げは落ち着きはじめた。平日は60食程度、週末は90食程度まで下がった。引き続き100食を超える日もある週末に比べて、物足りないのは平日だ。テレビ出演前に比べて増えてはいるが、効率化できた分だけ暇に感じてしまうという。黒田は下北沢に、市場としての限界を感じはじめていた。

「実は、焼き麺スタンドの第2号店を探そうと思ってるんです」

ひと通り足元の売り上げを説明すると、黒田が思い切ったように打ち明けた。

「どこに出すの?」
「やっぱり、神保町に対する思いは今でも強いですね」

飲食の激戦区・神保町への強い憧れ

東京・神保町の魅力については、何度か聞かされていた。食のビジネスをする以上は、街の雰囲気が重要だという。本の街として知られているが、舌の肥えた、食べることが好きな人が集まる街でもあり、飲食店もこだわりのレベルが違った。