「もう店舗を探しはじめてるの?」

黒田がうなずいた。ランチを営業していない火曜日の日中は、このところ金策と店舗探しに動いているという。神保町の交差点の近くでつぶれそうな店がないか、不動産会社を回っていた。

「今狙ってるのは、昔天ぷら屋があった場所です。大手の外食チェーン店が入ってるんですけど、はやってると思えなくて、近々撤退するっていう噂もあるんです」

家賃は、15坪で月60万円程度を想定していた。下北沢の23万円に比べると3倍近いが、神保町の路面店はそれほどの金を払う価値があるという。

1日あたりで計算すると、家賃2万5000円、アルバイト2人で人件費2万円、電気ガスなどの諸経費1万円で、総コストは5万5000円になる。1食あたり700円の粗利で単純計算すると、損益分岐点は80食近い。こんな水準に前提を置いていいのだろうか。

「本気かよ?」

口から出てきたのは、正直なぼくの感想だった。下北沢の店は、2018年の開店以来、ほぼ一貫して赤字が続いていた。「メレンゲの気持ち」(日本テレビ系)で取り上げられたことで客数が増えたのは事実だが、すでに特需は剝落しはじめている。

まずは足固めをする必要があるというのは、黒田本人が自覚しているはずだった。にもかかわらず、もう次の店に関心が移っている。そして、黒田はあっさりと2店舗目を開くことを決断したのだった――。

1号店すら赤字、資金は底をついているのに…

これまでの赤字を回収するのに、どれほどの期間がかかるのだろうか。

疑問は次々と沸き上がってくるが、黒田の明るい表情を見ていると、もしかしたらぼくが気付いていない戦略があるのかもしれないという思いも捨てきれなかった。

「自分なりに考えたうえでのことです。もちろんお金がないと何もできないので、そっちが解決してからの話ですけどね」
「スポンサーは見つかりそうなの?」

ぼくは、銀行からの追加融資は難しいだろうという返事を想定しつつ訊いた。日本政策金融公庫から調達した創業融資1500万円は、すでに使い切っているはずだった。

「今のところ厳しいです。そりゃそうですよね、リスクありますから。でも、応援してくれる人はいるはずです」

黒田の回答には確信はあるが、秘策やトリックは感じられなかった。何人かの友人の名前を挙げ、今から交渉するのだという。どうやら黒田は、ぼくが思っていた以上に打たれ強い性格のようだった。