元大手証券マンの黒田康介さん(29)は、4年前に脱サラして下北沢で焼きそば店を始めた。店舗運営に苦戦するなか、開店8カ月でついに初めての行列ができた。そのきっかけは、あるテレビ番組での紹介だった。黒田さんの元同僚で、兼業作家の町田哲也さんがリポートする――。(第4回)
「赤字続きの焼きそば店」脱サラ店長に訪れた転機
2019年になって、ぼくがはじめて黒田の経営する焼きそば店「焼き麺スタンド」に向かったのは1月後半のことだった。
朝から雨が降る日だった。天気予報では、雪になる可能性が高いという。閑散な雰囲気を想像していたが、店内はすでに3人の客がいる。テーブルに男性と女性が1人ずつ。カウンターに男性が1人。ぼくの後にもテーブルに男女のカップルが2組入って来るなど、意外にも店内は賑やかだった。
「新年早々、順調そうだね」
「グルーポンの効果ですよ。使用期限が今月末まででしょ? 実際には、そこまで売り上げへの効果は大きくないです」
ぼくもグルーポンのチケットが二枚残っていた。一食500円で提供するチケットで、販売時に売り上げが立つので新たな収益貢献はないが、活気のある雰囲気に明るい気分になっているのが黒田の表情からよくわかった。
振り返れば、2018年はひどい1年だった。7月の開店後、順調だったのは2日間のみだ。1日20~30食程度の売り上げはどうにか40食に届くようになったが、人件費と諸経費が高いため利益はほとんど出ない。
定休日を返上し、フードトラックを導入するなどの対策を打ってきたが、これと言った成果に結びつくことはなかった。
だが、1月になって成績は上向いた。週末は70食を超える日があり、問題の平日も、前日は56食に達した。引き続き変動は激しいが、40~50食は出るようになっている。
「何か手を打ってるの?」
ぼくが訊くと、黒田はもったいぶったように旗の存在を認めた。
「あれですよ」
黒田が指した方向を見てみると、窓際に赤い旗が立てかけてある。「やきそば」と書かれたのぼりのような旗で、二階で振り回しているという。