黒田は、焼きそば屋としては撤退してもいいかと思っていた。1月は黒字だったが、2月、3月と赤字が続いている。むずかしいのはコロナの影響で、神保町も1月、2月は黒字だったが、3月は赤字になりそうだった。
継続か、撤退か
売り上げ以上に黒田の心残りだったのは、粕谷を店長として十分育成できずにきてしまったことだ。店のスタッフとしての実力はあるが、経営者としての意識づけが十分できていない。
神保町への出店を焦ったのが原因だろうか。ほかのアルバイトもそうだが、指示待ちになりがちなマインドを変えなければならない。業者との折衝や店舗展開の考え方など、黒田と一緒に働きながら育成していく必要性を感じていた。
粕谷も同様の認識を持っていた。ぼくがときどき下北沢店に顔を出して調子を聞くと、決まって返ってくるのは苦笑いだった。
「店長っていっても、実態は康介さんのワントップで、ぼくもスタッフの一人みたいなもんなんですよ」
人の良さそうな笑顔にときおり浮かぶ陰に、悩んでいる様子がうかがえた。
「下北沢を任せられて半年くらいか」
「そうですね。とはいっても、イベントをやったり雑誌に載せてもらったり、康介さんの発想についていくのが精いっぱいで、自分からできたことがほとんどないです」
粕谷はマクドナルドでのバイト経験が8年ほどあった。それと比較しているのだろう。以前は自分の持ち味を発揮できる場所を見いだせたが、今はそれがむずかしいという。大事なのは攻めの姿勢だ。コロナ禍で落ち込んだ売り上げを伸ばすために、何が足りないのか。一歩踏み込んだ戦略を考え、実行することが求められていた。
新メニューで現状を打開しようとしたものの…
粕谷が出した打開策は、新しいメニューだった。ソースとナポリタンの2種類しかないのでは、どんなに焼きそばが好きな客でも飽きてしまう。濃い味の商品しかないというメニューも変えてみたかったという。
ときどき券売機のメニューの場所を変えているが、うま辛焼きそばを一番目立つ場所に持ってくるだけで売り上げが伸びることがある。客がいかに新しいメニューを求めているかを示していた。
何度もトライして出来上がったのが、オリジナルの塩焼きそばだ。具材は豚肉、キャベツにニンジン、ネギ、ニンニクで、スパイシーさを強調してみた。レモンをかけて食べてほしい。ポップなどの販売ツールが準備できれば、4月中にもスタートしたいという。