コロナ禍で落ち込んだ売り上げに対して、黒田が重視したのは顧客の変化を見極めることだった。飲食のニーズが減ったのではない。外食したい客の数が減ったのだ。テイクアウトやデリバリーに対する対応を強化するとともに、売り上げの戻りが大きいバナナジュースへと注力することで活路を見いだそうとしていた。

黒田は久しぶりの新商品として、焼きそばブリトーとバナナジュースのセットを開始した。今までもブリトーは準備していたが、適切な販売タイミングが見つからなかった。普通のソース焼きそばでは味が弱くなってしまうので、濃いめのソースを後掛けすることにした。ジャンクな味にすることで、ブリトーと一緒に食べても味が鮮明に残る。

決め手になったのは、バナナジュースに合うことだった。あらゆることがバナナジュースを中心に回りはじめていた。

焼きそばブリトーはバナナジュースとセットで販売した。
写真提供=焼き麺スタンド
焼きそばブリトーはジュースとセットで販売した。

バナナジュース店を開業、目標を超える売り上げ

バナナスタンド仙川店がオープンしたのは、8月31日のことだった。滑り出しは予想以上だった。初日で売り上げは750杯に達し、翌日は760杯、3日目も700杯を超えた。一日500杯を目標にしていただけに、黒田も驚きのペースだった。

やはり駅ナカは立地がいい。ホームから近く、出入り口も一つしかない。今まであまり駅ナカに出店させてこなかった、京王ならではのメリットを享受できている。

開店当初の仙川店。駅ナカで来店客が絶えない。
筆者撮影
開店当初の仙川店。駅ナカで来店客が絶えない。

売り場面積は1坪、厨房は3坪ほどの広さだ。今の客数をさばくには一人では無理なので、当面は黒田とアルバイト2人で対応していく。駅ナカでやる以上は、一杯20秒以内で出す必要があり、メニューもオペレーションも簡素化した。

客単価は平均450円程度なので、一日400杯としても18万円程度の売り上げになる。原材料費が100円ほどかかるので、粗利益は一日で14万円程度だ。通常であれば家賃が月に80万円程度はかかるが、これだけ売り上げが立つのは魅力だ。

重要なのは、初期投資を250万円程度と低く抑えることができたことだ。接客をしないので店舗にお金がかからず、人件費も低い。資金調達に悩まされることもなければ、損益分岐点に余裕ができるので回収もむずかしくない。

脱サラ店長が見つけた飲食業の勝ち筋

「飲食店はもうからないっていうのも、間違ってないかもしれないですね」

一冊の本をバッグから取り出すと、黒田は腕を組んだ。素人が飲食店に手を出してはいけないと警告する、ある経営コンサルタントが書いた新書だった。

資金繰りに限らず、店舗作りから原価管理、マーケティングまで、飲食店は経営学のあらゆる要素が求められるむずかしいビジネスであり、素人が安易にはじめてはならないというのがその著者の指摘だ。ぼくが読んで感想を教えてほしいと、1カ月ほど前に渡してあった。