「ビートルズは女王陛下からの音楽使節と考えられる」

現場の下見から戻った新井が警備のための署員を増員しなくてはならないのではと考えていた頃、消防庁のトップには自治省を経由して外務省から連絡が入ってきた。

〈ビートルズはわが国の皇室とゆかりの深いイギリス王室から勲章をもらっている。よって今回の来日はエリザベス2世女王陛下からの音楽使節と考えられる。関係各位は来日中のことについて、充分に考慮して接遇されたい〉

新井は再び本庁へ呼ばれた。

「新井くん、こういうわけだから計画はもう一度考え直さなくては」
「いえ、しかし、もう計画は決定し動いてます」
「いいから、とにかく君の前の計画をもう一度提出しなさい。そちらを実施にうつすことにする」

野地秩嘉『ビートルズを呼んだ男』(小学館文庫)

麹町署に戻った新井は前の計画書をひっぱり出し、さらに消防署員を増員した案に仕立て上げ、それを本庁に提出した。

警察がビートルズ日本公演を戦場ととらえているとすれば、消防の覚悟はそれを上回っていたかのようだ。それは消防庁始まって以来、空前の大警備計画が採用されたことにも表れている。しかし、警視庁の約4万人いる警察官に対して、消防の東京管区職員は1万8000名と規模が小さかった。ゆえに動員能力も限られている。新井は警察の山田とは違って少ない手勢を率いて、全国から大挙押し寄せてくるビートルズファンとの激突に策を練らなくてはならなかった。

なんといっても主戦場は警察が担当する日本武道館周辺ではなく、新井が指揮をとる武道館の内部だったからである。

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