署員240人を動員する計画に「君は正気か」

「警備のやり方は想像がついたのですが、ビートルズというものを理解するのに時間がかかりました。いや、結局のところ、彼らの音楽を理解することはできませんでした。もう40になってたでしょう。年代的にわからないんです。歌と言われてもカラオケもない時代のことです。どこかで一杯飲んだ時にみんなで手拍子叩いて歌うくらいでしたから。

合同会議で会った警視庁の連中は、イギリスにふたりくらい出張させて調べてたからビートルズの動静については詳しかったのですが、それでも音楽についてはぜんぜんわからん、あんな音楽のいったいどこがいいのか見当もつかんと言ってました。私もいわゆるジャズをやる連中だな、くらいにしか考えなかった。

ただ、香港の公演では怪我人が出たとか、パニックになったというから、これは大変な騒ぎが起こるだろうと覚悟しました。そこで私は都内の各消防署から合計240名の署員を動員する計画を立てて、本庁の上司に提出したわけです。警察官も加わるとはいえ、武道館の内部に240人なんてパラパラですよ。私はこれじゃ人員が少ないかな、と思ったくらいなんだ」

ところが本庁に呼び出された新井は叱り飛ばされた。

「君は何を考えておるのか。いったい正気かね。たかが音楽会にどうして240名もの人員が必要なんだ」

マイク
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2階の客席からアリーナまでの高さを測り…

新井はさんざん絞られ、そして「人員は半分以下にしろ」と指示された。新井はビートルズのファンのすさまじさについてしどろもどろに上司に説明したものの、「頭がどうかしたんじゃないか」とまったくとり合ってもらえない。結局、一から計画を練り直さざるを得なくなった。

「その後のことになります。私は部下と一緒に武道館へ下見に行ったんですよ。あそこは10円や20円の安い入場料をとって誰もが内部を見学できるようになっていたのですが、私たちが行った時、若い女の子が大勢、内部を見学しに来ていました。女の子たちは客席の配置図を写し取ったり、控え室への通路を調べたり、極端な連中は2階の客席からアリーナに巻き尺を垂らして寸法を測ってた。あれは飛び降りるつもりだったんですね。驚きました。あんなことがあったのはビートルズだけでした。

『何でそんなに騒ぐの、おじさんたちなんかビートルズが来たら嫌でも一緒にいなきゃならんから困っちゃうよ』とまあ、軽口を叩いて、その場を後にしたわけです。そうすると、なかのひとりがすーっと近寄ってきて、おじさんの名前と住所を教えてくれ、おじさんの言うこと何でも聞くからビートルズが触ったものをひとつ持ってきてくれ、と言うんですよ。これは冗談のひとつも言えない、と背筋が寒くなりました」