国内の取引を完全に把握できるだけではない。仮に中国外でも使われるとすれば、そこでの取引情報も入手できる。

中国は、一帯一路地域やアフリカ諸国の支援にあたって、デジタル人民元の利用を中国政府が積極的に推し進め、「人民元通貨圏」を作ろうとする可能性もある。仮にそれらの地域でデジタル人民元が広く使われることになれば、中国は、それらの諸国に関する詳細なデータを手に入れることができる。日本で使われることになれば、日本の経済取引の詳細が中国政府に筒抜けになるだろう。

デジタルドルの発行でマネーの世界は大きく変わる

これまで、アメリカ財務省もFRB(米連邦準備理事会)も、中央銀行デジタル通貨に対して異常なほど消極的だった。FRBのパウエル議長は、2020年10月、国際通貨基金(IMF)が開催した国際送金に関するパネルディスカッションで、CBDCの発行について慎重な姿勢を示した。トランプ前大統領がデジタル技術に対して否定的な考えを持っていたことの影響が大きかったと考えられる。

しかし、中国がデジタル人民元政策を積極的に進めていけば、アメリカものんびりしてはいられない。実際、バイデン政権の成立により、デジタルドルをめぐる状況が変化してきた。

2021年5月、FRBは、ドルの中央銀行デジタル通貨(CBDC)である「デジタルドル」の発行についての検討レポートを夏に出すと発表した。これまでの消極的な態度を考えると、このような報告書を出すこと自体が、大きな転換と言える。

デジタルドルによる金融包摂への期待

中国では、AlipayやWeChat Payなどの電子マネーがきわめて広範に普及しているのに対して、アメリカにはそれらに相当するほど広範に使われている電子マネーは存在しない。キャッシュレスの手段としてはクレジットカードが古くから使われているが、これは、店舗が支払う手数料が高い。

なお、アメリカでは、PayPalが約20年前から使われている。これは、ネット上の支払いにクレジットカードを使う場合に、その番号を相手に知らせなくても支払いができるようにしたものだ。アメリカでは、ネット上の支払いのための送金手段として広く使われている。ただし、クレジットカードのシステムを改良しただけのものであり、さほど革新的な技術とは言えない。

したがって、仮にデジタルドルが発行されることとなれば、アメリカのマネーの仕組みは大きく変わる。バイデン政権は、「金融包摂」を重視している。アメリカでは、低所得層を中心に全世帯の約5%が銀行口座を持っていない。デジタルドルが使えるようになれば、こうした人々も金融サービスにアクセスできることになる。